まもるということ



「やっぱり……いい気持ちだね……。順平と居ると……いい気持ち……」
「チドリっ!」
「大好き……順……平……。あり……が……とう……」


ぱたりと、その手から、全身から、目に見えて力が抜ける。そんなチドリの姿から思わず目を逸らす皆の中、その小さな体を抱きしめた伊織の慟哭が響き渡った。

痛切な叫びに、苦しみが広まる。痛々しく、けれどどこか神聖さすら覚えさせるその光景に、誰もが言葉を失った。

……かに、思えたのに。


「愚かな……。こんなにも下らない最期を選ぶとは……」


あからさまな、嘲り。見下すように、見放すように、溜息混じりに吐き出すタカヤに、ぞわりとその場の怒気が増す。

今まで黙って見ていたのは、そんなことを言うためだったとでも言うのか。

チドリの亡骸を緩やかに横たえ、ゆるり、伊織が立ち上がる。その手には、しっかりと召喚器が握られていた。


「下らない……?」


ぽつり、震える声で紡いだ後、召喚器を持つ手が持ち上がる。

側頭部に向かう銃口。吼える慟哭、憤怒。

引き金が、迷うことなく引き抜かれた。

ぱきん、と、硝子の砕けるような耳慣れたあの音が響き、そうして喚び出されたそれは伊織のペルソナ、ヘルメスと。

チドリのペルソナ、メーディアの、二体。

その二体が皆の目の前で輝き、重なり合い、そして。

一体の、新たなペルソナを生み出した。

それは伊織が得意としていた炎の攻撃に、チドリも得意としていた炎を併せ、より強大な焔と化しタカヤを襲う。が、しかし、炎がタカヤの身を焦がす直前、それは彼の傍らにいたジンにより防がれてしまった。彼はタカヤへと体当たりを繰り出し、射程の範囲外へと押し出したのだ。


「ほう……大した見世物だ。ならこちらも、相応の礼をしなければ」


ジンから受けた体当たりによる体勢の崩れを直し、変わらぬ態度のままタカヤの手が自身の召喚器へと伸びる。先程の攻撃に全精神力を費やしたらしい伊織が膝をつき睨みあげるその先で、タカヤのその行動を止めたのは他でもない、彼の唯一の仲間であろうジンだった。


「やめときや、タカヤ……。アンタには先がある! ここで無理したかて……意味あらへん!」


召喚器に添えられた腕を押さえつけるように掴む彼を見やり、そうして少し置き、タカヤの手が召喚器から離れる。まっすぐに見つめてくるジンの眼差しに、何かを感じたとでも言うのだろうか。


「私はもっと大きな事を成します。影時間を消す手立ての無いあなた方など、もはや捨て置こうかとも思いましたが……いずれ決着をつける日も訪れそうですね」


歪んだ、笑み。相変わらず不快を刻みつけてくるその笑みを残し、タカヤの姿はジンが投げた閃光弾の奥にジン本人と共に消えてしまった。

追えば、追い付いただろうか。怒りに任せその道を選ぼうとした伊織を、真田が止める。うまくいけば後の憂いを断つこともできたかもしれないが、今はただ、託された命を想うべきだと彼は伊織を諭したのだ。

そうして俯く伊織と、他の残された皆の視線はただ、彼の傍らに横たわるチドリの亡骸へと向けられた。

伊織の膝が、彼女の横で静かに折れる。


「チドリ……。チドリ……オレ……オレ……こんなの、キツ過ぎっけど……でもさ……オレ一人の命じゃないんだよな……」


泣きながら。それでもしっかりとチドリの手を包み握りしめる伊織に、誰も声をかけることはできず、ただ黙ってその光景を見つめ続けていた。

だからこそきっと、小さく小さく呟かれたイルの言葉は、梓董にしか届かなかっただろうと思える。


「あたしも、守らないと。……彼女みたいに」


何を、とは聞けない空気。けれどそこに含まれた強い想いは感じ取ることができ、梓董はそっと彼女の手を取る。

少しでも、共に背負えたら。

そんな想いを込めて。

握り返してくれた小さく細い手を離さないよう包みながら、影時間が早くあけるよう、胸の内で願った。








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