まもるということ



「……なのに順平は、私に、要らない苦しみを持ってきた……。順平と一緒に居ると、怖くなかったものが、なんでも怖くなる……」


無くすことが怖い、死ぬことが怖い。何より、一緒に過ごす時間が終わってしまうことが、怖いのだ。

痛切な想いを乗せ吐き出される言葉を、皆はただ黙って聞き入れる。そんなチドリの感情の吐露に、梓董はふと、自分の制服の袖口が何かに引かれる感覚を覚え、静かに視線を移した。見れば、そこを僅かに掴むイルの手が視界に入り、目を瞬く。

まっすぐにチドリを見つめたままの彼女の眼差しからは何を感じることもできなかったが、その小さな手はどこか縋るようにも見えて......。

優しくその手を振り解いた梓董は、そのまま素早くその手を掴み直した。

ぎゅっと。握った、温度の少し低いその手は、応えるようにすぐに握り返してくれる。

けれどそこから交わす言葉も視線もあるわけではなく、そのままただ揃って変わらずに伊織達の動向を見守り続けた。
そんな時。


「フゥ……チドリ……やはりもう、駄目のようですね。君は彼らに毒されてしまった……」


タルタロスの中から現れた、二つの影。見覚えがあるどころではなく見知ったその姿の正体は、言うまでもない。

ストレガの、タカヤとジンだった。

皆が素早く態勢を整える。もちろん、いつでも応戦できるようにだ。

梓董とイルも手を離し、それぞれ召喚器と、イルは自身の得物である木刀も握り直す。


「何が駄目だ! ふざけてんなよ、この亡霊ヤロウが!!」
「フ……亡霊などではありませんよ……。生に“執着”しなかった我々を、運命はそれでも“生かした”……。私は“選ばれた”のです」


恍惚に酔いしれるタカヤは、相も変わらず世迷いごとだとしか思えない言葉ばかりを連ねていく。伊織の怒声などどこ吹く風。これは天命なのだと言わんばかりにその両手は優雅に広げられていた。


「テメエ……もう決めたぜ! テメェらにはもう、指一本触れさせねえ! チドリはオレが、死んでも守る! チドリ、オレと来い! こんなヤツらと居ちゃダメだ!」


ぐ、っと。伊織が傍らのチドリの華奢な腕を引き、その身を引き寄せようとしたその時。タカヤの笑みがより一層歪に歪められ、その手がすっと下ろされる。

その、意図は。


「避けろ、順平!!」


いち早く声を上げたのは真田。けれどその声も虚しく、轟いた銃声にかき消される。

これは、この状況は......。

まるで大輪の椿の花がほころぶかのように、視界に散る、あか。


「え……」


何が、起きたのか。何が、どうなったのか。理解が遅れ、戸惑う伊織はただただ条件反射のように視線を落とし、そして。

ゆっくりと、崩れ落ちた。

響く悲鳴。浮かぶ嘲笑。動かぬ体に、染み込むあか。

色を失くすこの世界で、寄り添う影が、白く、弾けた。







淡い淡い、柔らかな光がチドリから放たれ、伊織を包む。優しげなその光を受け少し、固く閉じられていた伊織の瞼がぴくりと反応し、そしてゆっくりと開かれた。


「……あっ! オレ……は……」
「よかった……」


困惑気味な小さな呟きと共に目を瞬くその様に、傍らに座り込んでいたチドリから安堵の息がもれる。ふっと柔らかく彼女が微笑むと共に、彼女らを包んでいた光がゆっくりと溶けるように消えていく。


「信じられん……。蘇生させたのか……」


二人から少しだけ距離を置き、事の成り行きを見守っていた他の仲間達。それは見守っていた、というよりも、他にできることなど何もなかっただけに他ならない。

伊織が撃たれた事実は理解できど、そこから続いた光景には、皆ただただ目を疑う他なかったのだ。

伊織が撃たれた後、ストレガ二人と対峙するよりも早く、チドリのペルソナが発動した。何が起きるかもわからず当惑する皆の目の前で起こったのが、先程の出来事。淡い光が伊織とチドリの二人を包み込み、そうしてしばらく、驚くべきことに伊織が息を吹き返したのだ。

まさに、奇跡としか言いようがない。


「私のと逆……命を感じ取るんじゃなく、放出するペルソナ……。でも、それで人ひとりを蘇らせるなんて……そんな事したら……」


目の前の光景に、不安そうに紡がれる山岸の声。察知に優れるペルソナを有する彼女だ、他の者よりもチドリの能力に関して理解が早いのだろう。そんな彼女の言葉を皆まで聞くことなく、チドリの小柄な体がぐらり、大きく揺れた。


「チドリっ!」


慌てて起き上がった伊織が彼女を支えれば、その腕の中、彼女はどこか満たされたように優しく笑む。


「聞こえる……。順平の生きてる音……。トクン、トクンって……」
「え……?」
「これで私は……順平の中で、生きる……。ずっと……一緒……」
「おい、チドリ……しっかりしろって! な、何言っちゃってんだよ……おい!」


伊織の腕の中、彼の胸元に顔を寄せ、そうして刻む笑みは儚く。

山岸の言葉の先を、否応なく突きつけてくる。


「これからはね……私が……順平を、守るよ……ずっと……」
「あ……ああ、オレもだ! オレだって君を守るよ! だから……!」


だから。
続くはずの言葉が消えるその理由は、それが現実味を帯びることが怖いから。現実と、なって欲しくないから。

けれど現実というものはいつもいつだって、容赦をしてはくれなくて。

微笑むチドリの、瞼が落ちる。



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