まもるということ



多くの月光館学園生徒達が、旅行の興奮覚めやらぬまま。思い出話は繰り返され、まるで褪せさせはしないとばかりに語り合われるそれらがあちらこちらから伺える中、迎えられた休日に、興奮同様蓄積された疲労を皆各々思い思いに回復をし、そうして時を過ごし訪れた夜。時を刻む針が揃って真上を示したその時、その声は寮内全てに響き渡った。


「急に起こして、ゴメンなさい! 実は、なんて言うか……。とにかく、急いで四階に集合して!」


既に眠りについていた梓董が、覚醒を強要された瞬間だ。







《11/22 まもるということ》







影時間になり、かけられた緊急召集は、山岸がストレガの反応を感知したことに端を発していたらしい。その反応の持ち主は、以前確保され病院に収容していたはずのチドリという少女。おそらく彼女をそこから出す手引きは他のストレガによりなされたものだろうが、それはあの橋から落ちてなお、彼らが無事であったことを示す。確かに、あれで終わるには何一つ解決にはなっていなかったし、あまりにも呆気なかったようにも思えていたが……。

とにかく、チドリは様子を窺っていた山岸の通信を乗っ取ると、こちらを目障りだから消すと言い放ち、タルタロスまで来ることを要望した。

相手はあのストレガだ。罠かもしれない。その考えは容易く皆の脳裏をよぎるが、もしも本当に他のストレガ二人が生きていたのだとすれば、聞きたいことはたくさんある。明確にされなかったそれらを、改めて問う必要があるのだ。

チドリと何やら親交を重ねていたらしい伊織は、後先考えずに一人駆けだしていってしまったが、どのみちその誘いには乗らねばなるまい。警戒は怠らず、準備だけは万全を期し、皆はタルタロスを目指した。







そうして辿り着いたタルタロスの前で、既に先行していた伊織が、待ち構えていたらしいチドリへと詰め寄る。


「おい、チドリ! どういう事なんだ、訳を聞かせてくれ!!」


叫ぶようなその声を耳にしながらその場に駆け付ければ、チドリが自身の得物とする手斧を伊織へと向け投擲する所を目にした。それを間一髪、山岸からの注意の声のお蔭で何とか避けることのできた伊織は、合流した皆を振り返ることもなく、ただ愕然とチドリを見つめる。どうして、と、揺れる眼差しに、けれどチドリが応じることはない。


「下がれ順平!! 話が通じる状況じゃない!!」


召喚器を手に、真田が声を張る。それすらも聞こえていないかのように、ただチドリを見つめ続ける伊織は、もちろん戦力としてあてにはならない。茫然と佇む彼を山岸が支え、他のメンバーでチドリと対峙することにした。


「私の居場所はここじゃない……そんなの……最初から分かってた事!」


どこか悲しみに濡れて感じる。何かに焦り、戸惑い、けれど焦がれ、切望するような。

取り上げられていたはずの召喚器を自身に向け、トリガーを引くその手にこそ迷いはないのに、喚び出したペルソナの炎は、伊織を狙うことはない。

矛盾。
消えて欲しいけれど、消えて欲しくなどない。ここに居場所はないと口にしながら、彼女の伊織を見つめる瞳は、明らかに彼を望んでいる。

彼女は、何を恐れているのだろう。

苦しみに顔を歪めてなお、伸ばされているはずの手に自身の手を重ねないのは何故なのか。


「……イル、動きだけ封じたい。手を貸してくれ」
「もちろん。来て、ヨシツネ!」


ブレイブザッパー。
振り翳された日本刀が放つ剣技。卓越した技量により繰り出されたそれが、周囲に突風を巻き起こした。


「……くっ、メーディア!」
「させないよ。ジオダイン!」
「きゃあっ!」


すぐに応戦しようとしたチドリも、続けざまに放たれた凄まじい落雷を前に、思わず怯んでしまう。

その期を逃す梓董ではなかった。


「大人しくしてて」
「っ! 離してよっ!」


ブレイブザッパーもジオダインも、どちらも共にチドリを傷付けるために放たれたものではない。どちらも梓董がチドリを捉えるための目眩ましに過ぎなかったのだ。

強烈な突風で意識をイルに向け、その上で雷鳴を轟かせることにより注意を拡散させた。結果が、今チドリの背後に立ち彼女の腕を取った梓董にある。もちろん、その腕からは召喚器を取り落とさせた。

作戦と言うには粗い方法だが、元より冷静さを欠いていた彼女にはきちんと効果をなす手段だったようだ。


「チドリ!! チドリ、教えてくれよ……なんで、こんな……」


捕らわれたチドリに駆け寄り、苦しげに震える声で伊織が呟く。どうして、問う言葉に、梓董は掴んでいるチドリの手から力が抜けたのを感じ取った。

諦めか、罠か。計ろうとするよりも、見やった伊織の視線が語るその意思を察する方が易い。

任せてくれ、と。

大丈夫だという保証などどこにもない。けれどきっと、梓董には知れない何かが、二人の間にはあるのだろう。そしてそこには多分、梓董は……いや、二人以外の誰一人、踏み入ることは許されていない。

最善の判断ではないだろうことはわかっている。けれど、それでも梓董はチドリから手を離し、そのままゆっくりと歩を進め、イルの傍まで戻っていく。その背も、残された伊織も、チドリからの襲撃を受けることはなかった。


「一番怖いのは……死ぬ事じゃない。一番怖い事……それは……“執着”してしまう事……。そうなれば失くすのが怖くなる。物だって、命だって、なんだって……。だから私たちは、いつだって今という瞬間を楽しむだけ……」


ぽつり、ぽつり。小さく呟くように語り出すチドリは、どこを見据えることもなく俯いている。震える声は、痛みと苦しみを切ないまでに訴えていた。



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