それでも終わりは訪れて
惜しむらくも最終日を迎えた修学旅行。思い返せば脳裏に浮かぶ情景は多く、なかなかに濃密で有意義な時間を過ごすことができたように思う。
思うのだが。
「ねえ、イル。僕、昨日の夕方から何してたっけ?」
「……え?」
「全然記憶ないんだよねー」
おかしいなあ。首を傾げる望月に、駅まで向かう道中、傍らを歩いていたイルは引きつったような笑みを浮かべ返してきたのだった。
《11/20 それでも終わりは訪れて》
楽しい時間なんてあっという間に過ぎ去るもので。一抹の寂しさを残した帰宅は、けれど半年以上慣れ親しんだ寮に着けば安心感にも変わるのだから不思議だ。
今日は旅行疲れもあるだろうからという配慮もイルには不要だったようで、そんな彼女が気を遣い山岸は今日は休息という形をとり、今日の夕食はイルが一人で賄ってくれた。偏に、留守を守ってくれた天田やコロマルのためだろう。メニューはオムライス、コロマルには帰りの道中で少し値の張るドッグフードを買ってきてあげていたようだ。
そんなこんなで、土産話や思い出話に花が咲いた夕食は、いつもより少しだけ時間を費やし。今は各々疲れをとる意味合いも兼ねてのんびりと時間を過ごしている。
当然、今日ばかりはタルタロスの探索は中止だ。強行する利はない。
そんな中で、梓董はイルと二人、紅茶を用意して天田と向き合っていた。天田には有無を言わさない甘いコーヒーが用意されている。
「じゃ、これ、あたしから。お留守番大変だったでしょ?」
天田がリクエストしていた生八橋は梓董が用意し、既に手渡した。それに続くようにしてイルが手渡したそれは、小さな紙袋。
「ありがとうございます。留守番なら、コロマルがいたし、食事はイルさんが作っていってくれたから大丈夫でした」
一人……まあ確かにコロマルもいたのだが、それでも残されてしまう形となった天田を思い、イルは事前に修学旅行中分の彼の食事を作りおいていたらしい。小分けにして冷蔵、冷凍を駆使したそれは、レンジを使うことで大体元の姿を取り戻せるようなものだったようだ。
お蔭で助かったと礼を重ねた天田は、次いで紙袋を開けていいかを彼女に問う。答えは是だった。
「あ、お守りだ」
「うん、天田くんなら心配ないとは思ったんだけどね、一応学業成就にしてみた」
「……イルが学業」
「ちょ、戒凪! なんかご利益なくなりそうなこと言わない! えええーっと、天田くん、買ったのあたしだけど、ほら、中に詰まってるのはちゃんと神さまだから!」
神さまは詰まっていないだろう。呆れていいやら笑っていいやら、わからず溜息を吐く梓董の正面に座る天田は、小さく苦笑しながらもどこか嬉しそうにも見えた。微かに赤らんだ頬だけが、それを語る。
「まあ、せっかく買ってきてくれたんですし、大事にします」
「うん」
かわいげがあるのかないのか。感性は人それぞれだろうが、純粋にイルも嬉しそうなのでこれでいいのだろう。
残る時間を土産話に費やす間、天田もまた楽しそうに話を聞いてくれていた。
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