市中探索→危機一髪
そうしてこうなるのだ。
嫌な予感というものは、どうしてこうも当たりたがるものなのか。伊織と望月が揃って絡んでいる以上、これはもはや必然的な未来だったのだろう。
何せフラグが立ちすぎている。
「わぁー!! やっぱ、ここの露天、ひっろーい!!」
「わ、ホント……。流れるプールみたい」
そもそも、あえてこんな時間になってから風呂に行こうなどという話が出たことからしておかしかったのだ。この宿の露天は時間帯によって男女の入れ替えがあることなど、部屋にあったパンフレットにしっかりと明記されていたではないか。
望月に急かされるあまり、現時刻の確認すら失念していた数分前の自分を殴りたい。
どうやら望月と伊織は最初からこれ……女子と事故的に風呂のタイミングが重なってしまうことが狙いだったようだが、事前の様子からして、これが事故などではないことくらい当然にして知れるし、巻き込まれた梓董や真田にしてみればいい迷惑に他ならない。
とはいえ、入ってきたのが声から察して岳羽と山岸だったことは伊織としても予想外だったらしく、二人をよく知る故に顔色を思い切り変えていた。彼に関しては正に自業自得以外の何物でもない。
そんな中でも、ただ一人純粋に喜びを露わにしているのは……。
「おー。ゆかりさんに風花さん」
「バカヤロ、声出すんじゃねって……!」
あろうことか嬉々として堂々立ち上がった望月を、隣から慌てて伊織が引き戻す。その際口を閉じる目的でだろう、湯船に思い切り望月の顔を突っ込ませたものだから、少しばかり大きな水音が立ってしまった。
「……誰!? 誰かいるの!?」
当然のようにその音を聞き止め、一気に緊迫感を宿した岳羽の声。それを耳に、思わず頭痛を覚えると共に、梓董はもうそのまま望月が浮上しなければいいのにと遠く思った。もちろん、その後には是非伊織に続いてもらいたい。
「どうしたゆかり。誰かいるのか?」
凛と響く声。それが誰のものかなど、梓董らには瞬時に解せるもので。これには一気に真田が青ざめた。
見付かればタダでは済まない。処刑される、と、がたがたと震え怯えるその姿に、伊織と……残念ながら復帰したらしい望月とが口元をひきつらせていた。
状況が状況だ。きっと、こちらの言い分など聞いてはもらえないだろう。
生き残るには、逃げ切るより他に道はない。
とにかく息を殺して動向を見守れば、次の瞬間に岳羽がとんでもない提案をしてくれた。
「……なんか、聞こえたよね、やっぱ。ねえ、風花、ちょっとそっち見て来てよ。お化けかもしんないでしょ……」 「えー、う、うん……」
岳羽がそういった類を苦手にしていることは既知していたが、それにしてもそれはあまりに自分勝手すぎるだろう。犯人である自分達が言えた義理ではないが、それでも山岸が可哀相に思えてしまう。
とはいえ、今はそんな同情とてしている余裕はないのだが。
ぱしゃりぱしゃりと微かに届いてくる水音が徐々に近付いてきていて、男性陣を刻々と震え上がらせていく。
「ど、どうすんだよ!? ヤベーって!」
どうする? そんなことを伊織が言えた義理はない。もう本当、この責任をとって、望月と二人、潔く制裁を受けてくればいいのに。
そんな思考で冷ややかに伊織を見据えれば、言わんとしたいことに気付いたのだろう、伊織の顔色が一層蒼く染まり上がる。
「ちょ、ま、まさか、戒凪……お、俺ッチ達を売ろうとか」
「ちょっと待って、風花!」
首を振りながら引きつった声を情けなくもらす伊織の言葉を遮り、響いた制止の声。先程の桐条のものとはまた違ったまっすぐさを持ったそれを、梓董が聞き違うはずはなかった。
イルの、声だ。
できることなら今は、今だけは、彼女の声を聞きたくはなかったのに。そう思うと同時に、これは何が何でも逃げきらなければと、改めて意志が強まる。
彼女にだけは、軽蔑されたくはない。
意志が改まると同時に緊張感も高めて、より一層耳を澄ませば、高まる緊迫感に反し、続くイルの言葉は思わず拍子抜けしてしまうものだった。
「あたしさっき、聞いちゃったんだ。……この宿、露天にも出るんだって……」 「で、でで、出る!?」
「うん。……幽霊が、ね」
「いやあっ! ちょ、ちょっと止めてよ、イル!」
ばしゃばしゃと盛大に上がる水音。それが誰によるものかなど察するに易い。イルの言葉の唐突さに戸惑う男性陣とは違い、岳羽は短い悲鳴を上げていた。
何故今そんな話をし始めたのか。その意図を探る意味も含めて耳を澄まし直せば、イルの声はすぐに続く。
「だから、ね。物音とかちょっと怖いし、残念だけど今回は露天、諦めよう?」
……なるほど、そういうことか。今の言葉で全てを理解した梓董は、ありがたいやら情けないやらで複雑な心境を抱く。本当に、彼女には頭が上がらない。
「イルが、そ、そう言うなら。し、仕方ないよね、うん」
さあ上がろう上がろうと、岳羽の急かす声を最後に、水音が遠退いていく。その水音が複数あったことから、おそらく皆揃って出て行ってくれたのだろうと思われた。
「ふぃー、マジ焦ったぜ。イルに助けられたな」
「全く……お前らは本当に碌なことを考えないな」
「まあまあ、助かったんだからいいじゃないですか」
自業自得だというにも関わらず、その原因のことを他人事のように息を吐く伊織も、九死に一生を得た心持ちらしく未だ顔色の悪い真田も、それこそ本当に全て他人事で笑う望月も、多分きっと気付いてはいない。
イルの思いにも、あの行動の真意にも。
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