市中探索→危機一髪



修学旅行も折り返しを迎えた三日目。 明日にはもう帰ることになるのだと思うと、一抹の寂しささえ覚える今日。だからこそ有意義に過ごさねばと思うのは何も少数に限ったことではないだろう。

そんな今日の目的は、京都市内の散策、らしい。昨日に比べれば自由度の増す、幾ばくかの縛りは最低限決められた上での自由行動。大体誰と巡るかなども各々決まっているもので、梓董が望月や伊織らとうろうろしていた間、イルはどうやらいつものメンバー……昨日、何があったかまではわからないが、大分気持ちを持ち直したらしい桐条も含んでいたのだから、本当にいつものメンバーである四人でしばらく行動していたらしい。

そうしてある程度そのメンバーで巡ったあとは、約束を取り付け、梓董と望月、イルの三人は、待ち合わせを決め、少しの間だけではあるが三人で行動をすることに決めた。

梓董としてはイルと二人でということも考えなかったわけではない。けれど何故だろう。何故か、今は二人よりも三人でという思いが強かったのだ。

それはイルにしても同じだったようで。だからこそ、今この三人で、京都の街中を歩いていた。







《11/19 市中探索→危機一髪》







行きたい場所を計画的に決めたわけではなく、タクシーの運転手さんにお勧めの場所を聞いたりして巡る京都。限られた時間は、けれどその移動時間とて三人でいれば楽しいと思えるのだから不思議だ。

差し迫るタイムリミットを前に、最後に選んだ場所は映画村。ある意味京都らしい定番とも思えるそこで、手裏剣の体験や、たくさんの小さな丸い球状をしたアイスを頬張ってみたりする。残念ながら忍者ショーまで観ている時間はなく、だからというわけではないが、最後に立ち寄った場所は撮影所だった。

映画村の中にあるだけあり、そこにはずらりと歴史物の衣装が揃えられ、殿様や姫様といった人々がが当時纏っていたと認識されるそれらの衣装を身に纏い、記念撮影をしたり映画村の中を歩き回ったりできるような仕組みになっているらしい。その貸衣装を借りるにはそこそこ値段は張るが、元より指定されている小遣いなどあってないようなもの。多くの生徒達の類に漏れず、梓董達もまた余分に小遣いを持ってきていたものだから、心の赴くままに記念撮影をしたところで金欠となる畏れはない。土産物も既に購入を済ませてあるからという理由もある。

そういうわけで、今は三人並んでどの貸し衣装を借りるかを、見本の写真を見せてもらいながら話し合っているわけなのだが。


「ねえ、イル。イルはお姫さまだよね?」
「なんでさ。やだよ、柄じゃないし」
「えー、絶対似合うって。ね、戒凪君」
「うん」
「うんじゃないって。もー、戒凪が言えばなんでも受け入れると思ってない? 綾時」


イヤなものはイヤ。頑なに崩そうとしないその姿勢に、若干の残念さを抱く。お姫さま、いいと思うんだけどなあと小さく呟けば、イルから珍しく睨みつけられた。よほど嫌らしい。


「ねえ、だったらみんなで忍者はどう? 忍者、ちょっと憧れない?」


切り替えの早さは美徳でもある。望月のその一言に、イルも忍者ならと納得を示したようだ。が、その後に「くノ一もいいよね」などと加えたりしたものだから、呆れ気味の視線を向けられることになっていた。

ちなみに。一言余計とも思われるそちらの言葉の方にこそ梓董は同意を示したのだが、もちろんそれを口にはしない。これ以上イルの機嫌を損ね、貸し衣装による撮影自体を帳消しにされたら残念極まりないからだ。

以前ならそれこそ興味など示さなかっただろうそれに、今はこうして執着をみせている。それはもちろん、偏にイルが……いや、おそらくはイルと望月とが、関わっているからだろう。イルは言うまでもないだろうが、やはり気にかかってしまう望月のこともまた、友として、触れ合っていきたいと思うのだ。

着慣れない着物に袖を通し感じる衣擦れにすら、少しわくわくとした高揚感を覚えることも、やはり以前には感じられなかっただろうこと。もともと感情を表に出すことが極端に少ない梓董などより、望月はこれでもかと楽しそうに終始笑顔を浮かべている。着替えを済ませ合流したイルもまた、どこか楽しそうに見えた。


「わー、凄いよ! 忍者忍者! 僕達、本当に忍者になったみたい」
「いや、忍者ってこんなあからさま忍者してなくない?」
「いいの! みんな似合ってるんだから」


ひとりテンション有り余って、彼の中の忍者のイメージらしいポージングをしっかり決めた望月と、呆れつつも穏やかな笑顔でその姿を見つめる梓董とイル。そんな三人の姿が映った写真をそれぞれが手に、口では軽口を叩きながらもやはりどこか嬉しそうに写真を眺め合うのだった。

思い出をこうして形にする意義が、今になって理解できたような気がする。


「あ、ついでだし、写メも撮っておこうよ! ほら、みんなで寄って!」


ほらほら、と思い付きをそのままに急かす望月の手には携帯電話が既にしっかりと握られていて。そこに着けられた月と桜のストラップが、陽の光を反射してきらりと輝いた。

男が持つには少しばかり可愛らしすぎるように思えるそれは、実は少し前に梓董とイルと三人で選び買い合ったもの。丸く満ちた黄金色の月と、白と薄紅で彩色された桜の花。それに、不思議なことに、三人が揃ってなんだかとても惹かれたのだ。

傍に寄ってなお、入らないよ、と小さな抗議をする望月に、イルを囲んでより肩を寄せる。

気恥ずかしそうにはにかむイル と、楽しそうな笑みを刻む望月、そして、暖かなこの空気に自然と浮かぶ小さな笑みをそのまま乗せた梓董とを写して。望月の携帯電話から、シャッター音が鳴り響いた。




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