進むための



桐条が寮に戻ることができる程度にまでは周囲の慌ただしさが落ち着いてから数日。それはイコール気持ちの整理がついたということにはならず、落ち着いた分空いてしまった時間は、容赦なく寂寥感と孤独感、虚無感を桐条へと突きつけてきた。

自分が何を成すべきかは頭の中ではわかっている。けれど、それを成したところで大切なものにはもう何も届きはしないのだと思うと、苦しくて苦しくて、目の前の暗闇に押し潰されそうな気さえした。

誰のせいでもない。きっと、そう。悪とするなればこちらから見た幾月は確かにそうなのだろう。事実彼を決して赦すことはできないし、憎いとも思っている。

けれど違うのだ。彼を憎むことは易く、そしてきっと正当でもある。だけど。

本当に、本当に赦すことができないのは……自分自身。

救うことができなかった、守ることができなかった、非力で脆弱な自分自身なのだ。

だからこそ抜けることの叶わない苦しみに溺れ、何も掴めない手を伸ばす先さえ見失った桐条は、寮に戻ってきてなお誰ともまともに接せてはいなかった。

どうしたらいいかわからない、というのもある。哀れみを込めた眼差しも、案じてくれるその言葉も、今の桐条には心を締め付ける茨にしかならないのだから。

常であった夕食会にすら顔も出さず過ごした数日。あれ以来、きちんと顔を合わせることもなかった……いや、あるいは無意識にでも避けていたのかもしれない、彼女から呼び出されたのは、そんな時だった。







《11/14 進むための》







相変わらず、空はこちらの心情など察することなく清々しい。目に痛いほどの青と、少し肌寒い風を感じながら、桐条は校舎の屋上の端に立つ。人払いをしたわけではないが、放課後という時間帯でもあってか、今この場所にいるのは桐条本人と、桐条をここまで呼び出した少女、イルだけだった。

正直気乗りは全くしなかったが、それでも応えた呼び出し。その理由は偏に、彼女と今までに築き上げてきた関係性に所以しているものだが、だからといってそこからどう接したらいいかまでは自分の中でまだ整理がついていない。

あの日の、あの夜がそうであったように。

浮かべるに相応しい表情すら思い浮かばず、情けなくも彼女に背を向けて立つことくらいしかできずにいた桐条に、やがて控えめに小さな声がかけられた。


「……どうすればいいのか、どうしたらいいのか、わからなくてずっと考えていたんです」


何を、とは訊かない。察せるところは多く、それはきっとどれも正しいだろうと、何となくだが確信が持てていたから。


「結子や、理緒とも……全部話すわけにはいきませんでしたが、話をしてみました」


仲のいい、いや、彼女のお蔭で親しくなれた、一つだけ年下の友人達。彼女らは適性があるわけでもなく、多くがそうであるように、影時間やそれにまつわる悉くを知りはしない一般人。けれどそれでも……いや、あるいはだからこそなのだろうか、彼女らと共にいることは心地良く、一人の女子高生として過ごすことのできるその空間を、桐条はとても大切に思っている。彼女 らもまた、それを知らずとも桐条を慕ってくれていた。

その名を聞くと、その存在を思うと、ふわりと柔らかな温もりが胸に沁みる。それは大きく穿たれた穴を塞いでくれるものではなかったが、それでも冷たく冷え切った心の中を小さく暖めてくれるものではあった。

桐条の顔が、少しだけ、少しだけ、上げられる。


「あたしたちにできることも、美鶴先輩がして欲しいこともわからない。そう話して、思ったんです。わかることも、あるんだって」


……わかる、こと。

目の前が真っ暗で、何を捜しているかすらもわからない手探り状態。そんな中で紡がれる、わかること。それが何を示すのか、その片鱗すら見つけられない桐条にはとても惹かれる言葉だった。

何かを、見付けられるのだろうか。見つけることすら諦めてしまった、この世界でも。

見つめる先に広がる景色は小さく、広く。沸き上がってくる何とも知れない衝動に、僅か目を細めた。


「何を言っても綺麗事になってしまいそうで……あたしは特に、きっと美鶴先輩に届けることのできる言葉なんてかけられない……。だけどそれでも、それでも、願うんです。傍にいたいって。ひとりになんて、したくないって」


傲慢かもしれない。それでも願ってやまないそれが、彼女の、彼女らの、わかること。

それは桐条の思いを察することでもなければ、桐条のためにできることというわけでもない。

単純に、そう、単純に。

彼女達自身の、願いなのだ。

所詮他人は他人だと、切り捨てるつもりも、拒絶や隔離をするつもりもない。けれど、それでもこの想いを完全に理解することができるのは自分自身だけ。

理解したつもりでわかったようなことを言われる方が、荒んだ心には、光を見失った闇には、冷たい。綺麗な言葉で同情されても、正しい言葉で諭されても、強い言葉で背を押されても、何の慰めにもならないのだ、今は。

それだけ、喪ったものが、大きいのだから。

前を向かなければいけないことなどわかっているし、上を見上げなければいけないこともわかっている。
しなければいけないことも、悲しんでばかりいてはいけないことだって、全部全部わかってはいるのだ。

そう。わかって、いる。



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