しましま少年



唐突だったが、それに対する困惑や驚きは当然の如く梓董にもイルにもなかった、が。


「やあ」


突如聞こえてきたその声と、暗闇の中にすっとどこからか現れ出た幼い少年の姿はさすがに予想外で。梓董は視線を警戒に細め、イルを庇うようにさりげなく自身の方へと引き寄せた。


「……どこから入った?」


入り口の扉は開いていないし、窓だって開けてはいない。少年自身には面識がないことはないが、彼はイル並……いや、それ以上に謎が多いと梓董は認識している。

大体、影時間にこうして平然と存在していることからして、異質なのだ。


「そんな言い方しなくても。僕はいつでも、君のそばにいるんだから」
「そうだよ、戒凪。もっと優しくしなきゃ」
「っ、わっ!」


いつの間に。

引き寄せていたはずのイルが、梓董の意識が少年へと向いている隙にその少年の傍へと自ら移動し、彼をぎゅっと抱きしめていた。少年にしてもそれはさすがに予想外の出来事だったらしく、小さく声が上げられる。


「イル……」


何だか頭痛を感じたような気がして頭に手を当て溜息を吐く梓董。やはりイルには警戒心というものが足りないのではないかと改めて呆れてしまう。

そんな彼の考えになど気付いた様子もなく、イルは少年を抱きしめたままにこにこと嬉しそうに笑みを刻み続けていた。どうするべきかという思考は、少年に特に害意が見られるわけでもないことからまあいいかという適当な結論付けの下、一秒と経たず霧散。代わりにというわけでもないが、梓董はイルの腕の中で少し困ったような表情を浮かべている少年へと改めて問いを向ける。


「で、何の用?」
「え、この状況無視なの?」
「……どうでもいい」


少年の言葉にさらりと返す梓董に、少年の方が溜息をもらす。が、自身の体に回されたイルの腕に自ら手を添えている辺り、別に嫌がっているわけでもないように思えた。


「……えーと。あ、そうそう。伝えに来たんだ」


とりあえず引き摺るつもりはないらしい。思い出した様子で少年は改めて話を切り出した。彼は変わらずイルに抱きつかれたまま、それでも視線だけはしっかりと梓董を捉える。


「一週間後は満月だよ……。気を付けて。また1つ、試練がやってくるからね……」


試練。
それが何を示すものなのか、何の意図を以て少年がそれをわざわざ伝えに来たのか、梓董にはわからない。
わからない、が。

正直、あまり興味も持てずにいた。

そのため話半分に少年の話に耳を傾ける梓董に、少年は特に気にした様子もなく続ける。


「試練と向き合うには準備が必要だ。でも時間は、無限じゃない……。もちろん、君なら分かってると……」


言いかけて、不自然に止まる話。さすがにどうしたのかと見やってみれば、少年はどこか戸惑ったような表情を浮かべてすぐ傍にあるイルの顔を覗き込んでいた。

どうやら彼女に何かあったようだと思い、梓董も彼女へと視線を移ろわせるが。彼女は何? と小さく微笑み首を僅かに傾げてみせるだけ。その笑顔に、特に変わった様子は見られなかった。

少年は一度イルの腕へと視線を落とし、それから再びイルを見上げる。


「ねえ、君の名前は?」
「ん? あたし? あたしはイル」
「……ふーん。イル、か……」


聞いた名前を反芻し、笑みを刻んだ少年は、次いで視線を梓董へと移す。彼が何を考えているのか、そのあおい眼差しからは計ることができなかった。


「試練が終わったら、また会いに来るよ。また、会おう」


緩く。笑みを刻んだ少年は、イルに抱きつかれたままだというのに、すぅっと、まるで闇に溶けるかのように静かに消えていった。


「わ、残念。消えちゃったね」
「……イル、もしかして」


今の少年に会いに来たのか、と。そう問おうとして、言葉を止める。
いくら何でもさすがにそれはないだろう。
あの少年がいつ現れるかは梓董にだってわからないし、何よりイルは彼と面識が……。



――あたしが彼を知っていることは、イコール彼もあたしを知っていることにはなりませんよ?



ふと脳裏に甦ったその言葉は、イルが自分で口にしたもの。

それはもしかしたら……。


「戒凪?」


ふと。気付けばきょとんと首を傾げたイルがこちらを不思議そうに見つめていて。
そういえば、中途半端に言葉を区切ってしまったとぼんやり思い至る。


「? あ、もしかして眠い? もう夜中だしね。長居してごめんね」


梓董が何を答える間もなく彼女がそう一方的に結論付けたのは、おそらく今の時間故にだろう。影時間はまだ開けていないが、夜中には変わりない。

確かに、眠気は大分意識に浸食してきていた。


「……まあ、確かに眠いけど」
「ごめんね。戒凪も明日……じゃなくてもう今日か。用があるみたいな話だったもんね」


予定がないのは伊織だけ。それはつまり、梓董には予定があるということ。

イルは謝罪後すぐに立ち上がると、ひらひらと片手を軽く左右に振って微笑してみせた。


「長々とお邪魔しました。おやすみ、戒凪」
「……ん。おやすみ」


静かに扉を開閉して去って行くイルの背を見送り。残された多くの疑問を眠気の中に押し込め面倒臭いと書かれた蓋をすることによって封じた梓董は、抗うことなく眠気を受け入れることに決めた。














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