転校してきて数日。徐々にというにはハイペースに校内に馴染んだ望月は、着々と周りの輪を広め。その朗らかな話術や気後れしない性格、人好きのする笑顔などからも特に女性からの支持が厚く、それはまた本人にとっても喜となるものでもあった。とはいえ、だから男性からは好かれていないかと言えばそうでもなく、中には僻む者の姿もあるようではあるが、誰にでも明るく接する性格は、割と多くから好意的に見てもらえているようだ。今ではクラスメートの一人である伊織とすっかり仲良くなり、よ く連んではいろいろなことを教わった。

ためになるようなことはきっと、ほんの僅か。くだらないようなことが多くて、けれどそれがとても楽しい。

そう、楽しいのだ。毎日が充実していて、それでいて濃密で、沢山の感情や想いに目まぐるしい日々を笑いながら生きている。笑って、笑って、なんでもないようなことが楽しくて、嬉しくて。

けれどそんな時、ふとした拍子に今までを思い返す時もある。自分を織り成す、過去のことだ。

幼い頃、小学生に上がって、中学生になり……そうして紡いできたはずの過去を振り返ると、何故だろう。その全てがひどく曖昧で、靄がかかったかのように霞んでいる。

共に歩んだ軌跡のないそれを誰かに問われることもあったけれど、それでも答える術などどこにもなくて。笑ってはぐらかしながら、いつも心のどこかに引っかかっていた。

小さな、小さな違和感。それは不安にも似て、人に囲われていようと、ひどく孤独を感じることもある。何故かもわからないその感情は、けれどその度に思い返す存在のお蔭で、いつでも安堵を与えてもらえた。

安らぎ、ぬくもり。切なさと苦しさも伴うその中で、けれど何故だろう、確信めいた想いがある。

彼らなら、だいじょうぶ。

何がかはわからない。わからないけれど、そう、だいじょうぶ。そう思える二人の傍は、他の誰とも違う心地よさがあって……だから、思うのだ。

もっともっと……近付きたい、と。







《11/13 孫》







「で、そこが結子達とよく行く定食屋。ボリュームたっぷりわかつもいいけど、小豆あらいの甘味も絶品だし、はがくれもなかなか侮れないよ〜」


あとは、なんだか材料に不安があるけどバーガーもおいしいし、と。巖戸台駅を降りてすぐ、飲食店の並ぶ一角を前にあちらこちらと指差し説明するイルに、望月は一つ一つしっかりと相槌を打つ。その様を眺めながら、梓董は数十分前の出来事を思い返していた。

今日の授業も何事もなく終わりを迎え、いつもと変わりない放課後を迎えたその時。それからの予定を頭の中で組み立て始めていた梓董に声をかけてきたのが、イルと望月の二人だった。

曰わく、こちらに越してきたばかりの望月のため、街の案内をして欲しいとのこと。それならとうに伊織が済ませたことを彼自身から訊くともなく聞かされ知っていた梓董は首を傾げたが、望月が言うには、それとは別に梓董とイルにも案内をして欲しいのだそうだ。理由は、梓董達が見ているものを一緒に見たいから。そう告げた彼に、見ているものなど伊織達と大差ないだろうと思った梓董も、特段どうしても断らなければいけない理由もなかったために了承を示した。

その過程には、イルが共に乞うてきたからという理由もある。けれどそれより……そう、放ってはおけないと感じたのだ。気になって、 放ってはおけなくて、そしてそれが不快ではない。そんな感情が、友達になりたいと願うものだと言うのなら、その感情はなんだかとても自分の中にしっくりと浸透していくものだった。

だからだろう。了承を示すその言葉が、とても自然に口から滑り出たのは。

そんな風に思考に耽っていた間に、とりあえずこの辺りの話は一通り済んだのだろう。次いで、イルはある一角へと小走りで目指す。その姿を視線で追えば、白い姿はある種予想に易くも、古本屋の前でくるりと翻った。


「それでここがね、文吉おじいちゃんと光子おばあちゃんがやってる古本屋さん!」


そういえば、思い返せばここにゆっくりと訪れるのも久しいかもしれない。この間来訪した時は、イルを捜すことに集中していたため、碌に踏みとどまりもせず立ち去ってしまったから。それ以降もそれ以前も、あえて立ち寄らなかったわけではないのだが、単にその機会がなかなか設けられなかったのだ。

イルは、今でもここに通っているのだろうか。
あの二人は元気だろうか。

馳せた思いから脳裏に浮かんだ柿の木と、皺の中に刻まれた優しい笑顔。 数ヶ月前よりも確かに変わった心境は、二人に会いたいと心の底から願わせた。


「おじいちゃんと、おばあちゃん? イルのおじいさん達のお店なの?」 「うん、血は繋がってないけどね。あたしと戒凪の本当のおじいちゃんとおばあちゃんみたいなひとたち」


ね、と、笑顔で求められた同意に、今なら自然と頷ける。そうであったならいいと、そう思うから。

……今からでも、構わないだろうか。
イルのように、おじいさん、おばあさんと思っても。そう、口にしても。

少しだけの緊張と、とくりとくりと脈打つ期待。彩られた世界はやはり、どこまでも鮮やかなのだ。


「きっとね、綾時も仲良くできるよ! おじいちゃんとおばあちゃんにも、綾時のこと紹介したいんだ」


だからお店、入ってもいい? 窺うように、けれど答えは確信しているかのように。笑うイルに、やはりというべきか望月も梓董も快諾した。

そこは梓董としても立ち寄りたかった場所でもあるし、それに。

梓董もイル同様、望月をあの老夫婦に会わせてあげたいと思ったのだ。




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