はじめまして、から再び



「ええっと、アイギスさん、だよね? 僕、何かしたかな?」


戸惑いながらも性格上なのだろう、穏便に問う望月に、アイギスはしばし沈黙。それから僅か目を瞬き、それでもすぐにまた鋭く眉尻を持ち上げた。


「とにかく、あなたはダ」
「アイギス」


静かな、けれど強い威圧をもって、イルの声がアイギスに皆まで言わせることなく割り込む。その声と同様の色を宿したアオが、ただまっすぐにアイギスを見据えていた。


「綾時にそれは、ゆるさない」


自分の時には「わかるから」と、それだけで特に何をするでもなかったイル。それは確かに梓董の傍にいられなかったことには困っていたようだったが、だからと言って特段アイギスを責めるようなことも、ましてやこんな風に怒りを露にすることもなかった。

思わず三者共の視線がイルへと集まる。戸惑いや驚きを映した視線に、けれどイルが動じることはない。


「綾時はだいじょうぶ。それなのに綾時を戒凪から引き離そうとするなら……あたしは、キミの敵になる」


大袈裟な。そんな言葉すら吐けないその言葉の強さ。彼女の知る何かは、望月にも関わりがあるということだろうか。

おそらくはイルの時と同じ、元より確固とした明確な理由はなかったのだろう、アイギスはどうすべきかと梓董に視線を向ける。あの時彼女の行動について注意を促したのは、他でもない梓董本人だったからだろう。

ちらりと視線を馳せる。アイギスの視線はこちらに、そのアイギスへとイルの冷たい視線が向いていることに変わりはなく。そしておそらく自分の預かり知らぬ場所で当事者となってしまっているだろう望月は、ただ困ったように状況を眺めていた。

当然だが、梓董はこの状況に関しては望月に寄っている。わかることなど、ほとんどありはしないのだ。

だけど。


「大丈夫だから」


アイギスに、告げる。硝子玉のような綺麗な瞳が揺れたけれど、それでも言葉を変えるつもりはなかった。

以前の件を踏まえ、イルという前例が目の前にいることもそうだが、何より。

望月は、大丈夫。

そう確かに思える何かが、梓董の胸の内にしっかりと根付いているから。

その正体が何か、何故そう思えるか。わからないままの確信は自分でもとても不思議で、けれど悪くはないものだとそう思えたら、自然と小さな笑みがもれた。

ですが、と、小さな抗議を口に乗せ視線を落とすアイギスには申し訳ないが、これ以上彼女の理由も不明なダメ出しを聞くつもりはない。
大丈夫、他の誰でもなく梓董本人がそう言い切った時点で、この話は終わりを告げたのだ。

席を立つ梓董の視線は、既にイルと望月へと向けられていた。


「行こう」
「え、いいの?」
「そのために誘ったんだろう」
「いや、まあ、そうなんだけどね」


切り替えの早い梓董とは違い、ダメ出しを受けた当人だからという理由もあってだろう、望月は窺うようにアイギスを見やる。が、その視線はすぐに鋭く弾き返されてしまっていた。困った、と、ありありと苦笑する望月と、むっと表情を歪めるイルに、これ以上の状況の好転は望めないだろうと、梓董が取るのは妥協の道。

すなわち、目的通りにすぐさま校内案内を始めるということ。

二人を促し教室を出る際、アイギスには簡単に別れを告げるに留めた。彼女はまだ何か言いたそうではあったが、それを聞いたとて受け入れるつもりはないのだから構わないだろう。そもそも、初対面から理由もわからずダメ出しをするというその行為自体理解できない。生理的に受け付けない相手だとでも言うのだろうか。

……いや、そんなはずはないか。
多分。

内心で全て完結して、梓董はイルと望月と共に廊下へと出る。とりあえず今の件は一旦置いておくことにした。


「……戒凪、ありがとうね。綾時のこと、だいじょうぶって言ってくれて」


先程までの不快そうな表情が一転、はにかむように笑うイルに、梓董もまた小さな笑みを返す。やはり彼女には笑っていてもらえた方がいい。そんなことを思いながら。


「気にしなくていいよ。別に俺、望月のこと、ダメだとか思わないし」


本音を伝えたに過ぎない。そんな言葉に、そっかと笑うイルは何を知ってこの言葉を受けたのだろう。

謎の少女は相変わらず謎のままだけれど、でも。


「あたしね、戒凪と綾時に仲良くして欲しい。だから……仲良くしてもらえると、嬉しいんだ」


自分の想いにはまっすぐだから。他意はないだろうその言葉に、望月もどこか嬉しそうにはにかんでいたことに、なんだか胸の奥が暖かくなったような……どことなく懐かしさが滲んでくるような、そんな気がしていた。







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