はじめまして、から再び



桐条は未だ多忙を極めるらしく寮にすら帰っては来ず、他の皆にしても桐条の父の件にあわせ、目的を見失ってしまったこともあり、導の見えないまま言い表せない想いを抱えて日々を過ごし、数日。前を向こうにもその「前」すらどちらになるかわからない中、今回はさすがに気持ちの浮上が追い付かないらしいイルの姿を案じる梓董の耳に、今朝方届けられたのは新たな転校生の話題だった。

正直四度目という回数の多さを併せてみても、それ以上にイルのことの方が気にかかっていた梓董だったが、担任に紹介され小さく微笑むその転校生と目が合った瞬間、意識は確実に彼へと向けられる。

青い目の下に泣き黒子。柔和な人好きのする笑みを浮かべる彼の首元を、長い黄色のマフラーが彩っていた。

望月綾時。

紡がれたその名は、自然と……確実に、梓董の中へと浸透していった。







《11/09 はじめまして、から再び》







窓際から二列目の一番前の席。そこに、転校生望月の席は決まった。

そうなった理由は、彼より先に転校してきた梓董ら三人と同じものだったが、梓董にとっては他の席よりも意味を持つ場所だ。

理由はもちろんイル関係。窓際の一番端の席、望月と隣り合うそこが、イルの席だからだった。

それで何があるとか、そういうことではなく。多分そう、単に気にかかっただけの話。

一目目にしたその時に感じた、まるで初対面ではないかのような懐かしい感覚。それを梓董が望月に抱いたように、イルもまた、望月の姿を目に何やらいつもと様子が違って見えたから。

嫉妬……とは違う気がする。そもそも妬くというその感情の定義も曖昧なのだが、随分前にイルと親しげにしていた真田に対して感じたものがそこに分類されるというなら、今抱いているこの感情はそこには含まれないと言い切れた。

ならばこの不明瞭な……奇妙な懐古のような「気になる」といった感覚は、一体何という感情なのか。イルに笑いかける望月の笑顔に、その感情が一層強まっていくのは一体何故なのか。

わからない感情に、けれどそれを決して不快には思わないのだから余計に不思議に思いながらも、とりあえず何をすることもなく普段通りに授業を受ける。休み時間の度に、その短い時間を惜しむかのように多くの生徒が彼を囲うその様は、少しだけ懐かしくも思えた。思い返せば、梓董が転校してきた当初も、今の望月と同様の状況にあったように思える。歓迎の儀式の一種、みたいなものなのだろう。

そうこうしている間にも時間は過ぎるもので。今日も無事に学校生活を終え、迎えた放課後。そこで待ってましたとばかりにすぐさま梓董の元までやってきたのは、イルと、彼女に連れられた望月だった。


「戒凪! ちょっとだけ時間いい?」


前置き、梓董が軽く首肯するのを待って、ほら、と、イルは傍らの望月を促す。それに望月は小さく頷いて応え、そうして改めて梓董へと向き直ると、人好きのするあの笑みを向けてきた。


「ええっと、はじめまして、だよね。僕は望月綾時」
「……梓董戒凪」
「うん。君のことはイルからとっても良く聞かされたよ。ふたりは仲が良いんだね」


他意はないのだろう。にっこり笑って「僕とも仲良くして欲しいな」などと続ける望月は、隣であわあわと顔を赤らめるイルの様子には気付いていないらしい。ふと合った視線を慌てて逸らした彼女の耳まで赤いことに気付き、何だかとてもいとしくなった。


「あ、ああ、あのねっ! その、あ、あたし、今から綾時に学校案内をして来るんだけど、戒凪も良かったら一緒に行かない?」


綾時。出会ってから半年ほどは経っている伊織や岳羽などは未だに名字に敬称を付けて呼んでいるイルが、出会って間もないはずの彼のことは名前で呼んでいる。何がそうする理由なのかはわからないが、何故だろう。それに関しても嫉妬という感情がわくよりも、それが自然だと思う感情の方が先立った。

明瞭な理由などわからない、が、ただそう……イルと望月は、その方が自然なのだ。……なんとなく。

そう感じることを不思議に思いながらも、だからといってあえて指摘することでもないだろうと、梓董の意識は振られた話題の方へと向いた。


「うん、構わないけど」
「ダメであります!」


がたん、と。大きな音を立てて隣の席の椅子が勢いよく引かれる。いや、押しやられた、か。それをした当人がその椅子の持ち主であり、今までその席に着いていたその人であるのだから。

突然割り込んできた声に、半ば反射的に振り向けば、梓董の席の隣の席に座する彼女、アイギスが、自席を立ちきつく望月を睨みつけていた。


「あなたはダメであります! 戒凪さんに近付かないでください」


……既視感。アイギスのこの台詞と態度は、数ヶ月前……彼女と出会った当初にも見た覚えがある。どうして今になってまた、しかもあの時のように初対面の相手に ダメ出しをし始めたのか。理解できる要素がなく、とりあえずそれを知ると以前言っていた、その当時ダメ出しを喰らっていた当人であるイルへと視線を移す。途中視界に入った今回の対象者である望月は、ただきょとんと目を瞬いていたが、その傍らに立つイルは、やはりというべきか惑いなど全く浮かべてはいなかった。

寄せられた眉根が語る、不快。それを露に、彼女はじっとアイギスを見つめている。




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