片鱗



誰かが欠けても欠けなくても、世界は相変わらず緩やかに、加速度的に、巡りゆく。見上げた空のどこまでも深い青はきっと、彼女の痛みを癒やしはしない。

一人、寮を離れ、唯一の父を亡くしたばかりだというのに、その悲しみにすら浸る時間を与えられないだろう彼女を思うと、梓董も他の寮生達もいたたまれなくなってしまう。肩書きなど、一人の女子高生には重すぎる荷だろうに。

仰いだ空の青さに何とも言い表せない空虚感を感じながら、梓董は校舎の屋上で白い少女と向き合っていた。







《11/05 片鱗》







逃がさなかったというよりも、本人自身が逃げなかったと言った方が正しいか。意味深な呟きを残し丸一日姿を消していた白い少女は、今度はその姿を消すことなく梓董と向き合う。

場所は月光館学園の屋上。どこまでも深く広がる秋晴れの青空の下、他の学生達は授業を受けている最中だろう時間帯だ。

梓董もイルも、その授業は自主休講して今ここにいる。

少し前には真田からのメールが届き、今夜今後についての話をしたいといった内容が伝えられた。……目指してきたものの根底が覆され、けれど新たな目的も目標も明確にはなっていない今だ。失ったものも慮れば、それを考えるといっても行動の標とするものがわからない。

多分、現状把握が手一杯となることだろう。それも、影時間は消えなかった、といった程度の。

かといってその話し合いが全くの無意味とは思わない。それぞれの気持ちの整理をつけるにも、仲間内で言葉や思考を交わすことはいい方向で役立つはずだと思える。

……桐条だけは、そうも言っていられない立場にあってしまうのだが。

とにかく、それは夜になってからの話だ。今すべきはその話ではない。

梓董が目の前で向き合う少女に昨夜の幾月の話を伝えると、彼女はアオイ瞳を微かに憂いに伏せて呟いた。そっか、と。そうして再び上げられた瞼は、その下の深いアオを真っ直ぐに梓董へと向けてくる。今度は憂うわけではな く、けれど深い想いを込めた、イロ で。


「……こうじゃなかった、って、気付いたんだ。……最後の、あのシャドウを倒した時」


ふわり。少し肌寒いような風が、彼女の髪を、スカートの裾を、微かにはためかせる。


「あたしは……知らなかった。気付かなかった。気付けたかもしれなかったことに、また、気付かなかった」


押し殺すような、声。何かに耐えるように絞り出す声は切ないくらいに震えているのに、彼女の目は、揺るがない。揺るがずに、ただまっすぐに梓董を見つめ続ける。

強く握りしめられた小さな拳も微かに震え、全身から溢れ出してしまいそうな痛みを抑えつけながら、それでも彼女は涙を見せなかった。

まるでそれが、罰だとでもいうかのように。


「あたしが気付いていたら、荒垣先輩も傷つかずに済んだかもしれない。美鶴先輩のお父さんだって、亡くならずに済んだかもしれない。ううん、それ以前に、大型シャドウのことだって、もっと別の……何かいい方法を見付ける手だてを示せていたかもしれないのに」


ごめんなさい。
あの日のあの言葉を、彼女はどれだけの想いで吐いたのか。あの日のあの涙は、どれだけの彼女の想いを宿していたのだろうか。

それを梓董に推し量る術はないけれど、でも。


「……可能性の話は、イルだけじゃなくてみんなに言えることだ」


ぴくり、と、小さく肩を揺らした彼女の反応を見逃さない。ようやく揺れたアオは、それでも真っ直ぐに梓董を見据える。


「……違うよ、そうじゃない。あたし は、みんなとは違う。あたしは、「近い場所」にいるから」


それがどこか、何を示すか、彼女は語らない。けれど、それでも構わなかった。

そんなことで揺らぐ言葉を吐いているつもりなど、ないのだから。


「ファルロスが、言ってた。変えられないものはあるけど、でもそれを受け入れることは、とても難しい、って」


彼がそれを何を示して紡いだかはわからない。わからないけど、きっとそれは、その言葉は、今のイルにも通ずるだろうことだから。


「イルがみんなと違うなんて、当たり前。俺だってみんなと違うし、同じ人なんて一人もいないよ」


例えこれが彼女の言わんとしていることとは違う、的外れな解釈だとしても。それでもきっと、根底は繋がるはずだから。

イルにはいつでも顔を上げていて欲しい、なんて。独り善がりなエゴでしかなくても、それでも望むこの言葉。


「起きた現実は変えられない。ないものねだりをしても、何も変わらない。現実は受け入れて進まないと。前を向いて歩かないと。次を、見誤らないために」 「……戒凪……。あたし、は……」


手を伸ばす。少し肩を震わせた白い少女は、けれど拒むこともせずこの手を受け入れてくれた。触れた頭を撫でれば、さらりと触る白銀の髪が心地良い。

伝うぬくもりは、暖かかった。


「イルが何を隠してて、何を背負っていても、俺はいつでもイルの味方だから。いつでも、傍にいる。だから……」


笑って、いて。

囁くような響きが、どうか彼女に届きますよう。このぬくもりが離れることのないよう、小さく祈った。








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