終幕の鐘は遠く



悲痛な叫びが木霊する。痛切な絶望を伴うそれに、光景は酷くスローモーションのように映った。

倒れたのは、梓董の体ではなく……桐条の父と、幾月の体。

梓董に狙いをつけていた幾月の銃口は、鉛玉を吐き出す直前に僅かずらされ桐条の父へと移ろった。また、それとほぼ時を同じくして、幾月を止めようとしたのか、桐条の父も持っていたらしい銃で幾月を狙い玉を放ったのだ。

幾月が何故直前になって狙いを変えたかはわからない。心理的な何かが要因か、もしかしたら最初から桐条の父を狙うつもりだったのかもしれないとも思える。

ただ。

事実は、現実は、引き起こされた結果は、目の前の「今」だ。

崩れ落ちる桐条の父の体。すぐさま駆け寄る桐条。めまぐるしいほど刹那的に起きた情景にただただ言葉を失い立ち尽くす皆の前で、胸元を手で抑えた幾月の足が、じり、と後退さった。

その、後ろは。


「くっ、私は……私は……皇、子に……」


ずるり。片足が地を踏み外し、支え損ねた自重に耐えきれず、幾月の体はその背後に 広がる闇を踊る。
この高さだ。落ちて助かる術はあるまい。

自業自得であるはずだし、恨む要素こそあれ同情できる余地など欠片もありはしない。そう思えど、その末路に僅か胸が痛むのは、哀れを覚えるのは、偽善、なのだろうか。


「以前……お父様は、言っていた……」


ぽつり。呟く桐条の震えた声音に、視線を落とす。力なく座り込む彼女の傍らで、その父が固く目を閉じ呼吸さえも止めていた。

赤が、じわり、広がる。

あの時の、荒垣の時のように。

違うのは、桐条の父はもう、決して動いたりはしないということ。もう娘の名を呼ぶことも、その身を抱きしめてやることも、彼には叶わないのだ。


「私達の代にまでリスクを負わせた責任は、命に代えても果たすと……」


でも、だけど。

震える声を必死に絞り出す彼女の目から、常に凛と気丈に前を見据え続けてきていた彼女のその瞳から、透明な滴がぽたりと零れ落ちる。ぽたり、ぽたり。それはまるで留まることを忘れてしまったかのよう に、次から次へと溢れ続けた。


「私は……お父様に、生きていて欲しかった……。私は……この人を守りたくて、ペルソナ使いになったのに……」


父の手に添える、白く綺麗な両の手。その手が無骨な銃や剣を手にしたその日に何があったかを、梓董は知らない。決めた覚悟の代わりに、貫いた想いの代わりに、彼女が犠牲にしてきたものも、その片鱗しか知り得ないのだ。

それでも。彼女が何のために、誰のためにここまで歩んできたのかは痛いほどに伝わってきたから。

かけられる言葉など持ち合わせてはいない皆にはただ、父の亡骸に泣き縋る 桐条の姿を見守る他できることなどなかった。







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