終幕の鐘は遠く



「幾月は……何処にいる。なぜ何も言って来ないっ! アイギスを連れたまま、何の理由で遅れているのだっ!!」


何かに気付いてか……いや、思い当たる節があってか、今のこの現状に桐条の父が声を荒げ言葉を吐き出す。そこに含まれる感情は苛立ちか焦燥か、ともかく、元より今夜の祝勝会にはアイギスと共に遅れると告げていたらしい幾月の姿が、未だもってここにはない。

彼が、持ち出したもののはずなのに。
十二体のシャドウを倒せば、全てが終わるという、その話は。

父の言葉に悩むように顔を伏せた桐条が、けれど意を決した様子ですぐに顔を上げる。皆を見渡す彼女の眼差しは、いつもの作戦時と同じ、まっすぐな力強いものだった。


「みんな……出撃の準備だ。タルタロスへ向かう」


何が起きているかはわからない。けれど、この鐘の音は確かにタルタロスから響いてきているのだと彼女は言う。何一つ判然としない現状にただ戸惑うよりも、確かなものを改める意味はある。

幾月ら同様、未だ姿を見せないイルのことが気にかかるが、とにかく今はタルタロスへ向かうことを優先するべきだ。そういう理由から、皆はすぐさまタルタロスへと移動を開始するのだった。







そうして辿り着いたタルタロス。昼間の校舎など見る影もない巨大なその塔の前に、彼らはいた。

今日の祝勝会には遅れると告げ、それだけではなく、結局今まで姿すら見せずにいた人物。

学園の理事長も務める彼、幾月と、彼に伴われ傍らに立つアイギス。今更ここで姿を見せたその理由が決していいものなどではないことくらい、幾月の纏う空気から容易く察せられた。

それとそう……彼の傍らに在るアイギスもまた、何やら雰囲気が妙であるような気がする。

それはまるで……人形の、ような……。

何故アイギスが幾月と共にこの場にいるのか。その疑問に幾月は彼女は役目に従っているだけだと答えた。……兵器としての、役目に、と。


「全て、思惑通りさ……。影時間も、タルタロスも、不慮の事故で消えなかった訳じゃない。消える筈が無いのさ」


今までの戦いは、それとは逆の行いだったのだから。

何がどうなっているのか。幾月は何をどこまで知っていて、そして何を目的としているのか。……今、何をしようとしているのか。

問う皆に、幾月は恍惚と……そう、まるで何かに酔いしれているかのように恍惚と、言葉を紡ぎ続ける。

十二のシャドウは元々一つになるべき破片であり、その全てに皆が接触したことによりそれは果たされ、なるべきただ一つの形を得た。それは……。


「間もなく蘇る……。“滅び”を呼ぶ者……“デス”と呼ばれた究極の存在がね」


絶望に満ちたこの世界に、全ての終わりを齎すもの。全てに等しく死を与え、けれどそれは全ての始まりにもなるのだと幾月は語る。

滅びにより世界を再生させる役目を担う存在を、幾月の持つ預言書には“皇子”と記されていたらしい。幾月の目的は、その皇子になることなのだと、彼はそうはっきりと告げた。

……皇子という年でも柄でも容姿でも品格でもないだろうに。というつっこみは、もちろん口にしない。

悦に浸り続ける幾月は、あくまで上位者の振る舞いで言葉を重ね続ける。嘘をついていたことは謝るが、君達は未来のためになることをした。そんな、傲慢もいいところな言葉を、だ。


「あと少し、黙って僕について来れば、君たちも“救済”を得られる」


彼の狂気に染まった欲望が、全てを終焉へと誘おうとする。それを加速度的に早める結果となった、あの岳羽の父親が遺したとされる映像も、そのための礎として幾月の手により改竄されたものだったのだ。

歪で、独りよがりで傲慢で、そうして狂おしいほどに救いのない強欲。もはや人の身にすらあまるそれを、幾月は長い年月をかけ育み膨らませてきたらしい。

父の命をもかけた最期の忠告すらも弄んだ幾月を、岳羽が許すはずもなく。召喚器を構え幾月を睨みあげる彼女に続くよう、他の皆も各々召喚器を手に、臨戦態勢を整えた。

それに対峙し、それでも戦う術を持たぬはずの幾月が惑うことはなく。仕方ない、む しろそういった諦めや憐憫を乗せ、手を掲げた。


「アイギス。さあ、お前の“役目”を果たす時だ。彼らを捕らえ、滅びへの“生贄”とせよ!」
「……了解しました」


無機質な、音。響き渡るそれが鼓膜を震わせる中、抵抗らしい抵抗を為すこともできず、気付けば視界はただ暗転を迎えていた。







何が起きたのか。意識を手放した事実は理解しているのに、そこに及ぶ過程がわからない。何がどうなって気絶に追いやられたのだろう。普段使用しない能力がアイギスに搭載されていたとして何ら不思議ではないから、悩んだところで仕方のない問題か。

重要なのは、現状だ。

ふと浮上する意識を受け入れ目を開き移した視線は、普段のそれより数段高く。両手足に圧迫感にも似た痛みを伴う締め付けを感じ、そうして気付いた。

自身らが、地から伸びた十字の板に磔にされていることに。


「うおっ、何だこりゃ!?」


戸惑いと焦りに上げられた伊織の声。それに続くように次々と聞こえてくる仲間達の困惑の言葉に、彼らもまた目が覚めたようだと知る。まさか人生の中で磔刑を経験する日が訪れるとは思いもしなかったが、当然それがいい経験などであるはずもなく。無理な形での拘束にかかる重力が伴う痛みに、梓董は一人眉を寄せた。




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