終幕の鐘は遠く



そんな皆の様子を一瞥し、それから 梓董がとった行動は、その場の誰とも違うもの。携帯の液晶を覗き溜息を吐いた彼は、そのまま顔を上げると歩を進め始めていた桐条を呼び止め、言葉を紡ぐ。


「すみません、祝勝会、先に始めててください」
「? どうかしたのか?」
「……いえ、どうかしたというわけじゃないんですけど」


携帯は、鳴らない。これほどまでにあの電子音を待ち望んだ日は、かつて存在しただろうか。

僅か目を閉じれば、瞼の裏、ちらつくのは白。

求める、いろ。


「……イルを、捜してこようと思います」


手を、伸ばしたいと思ったのだ。掴んで離したくない存在が、自分にもできた。

だから。



――ごめんなさい。



ひとりで泣かせたくは、ない。

別れを彷彿させる不安を、現実にはしたくないから。

きっぱりと告げる梓董に、桐条は僅か眉根を寄せた後、けれど何かを悟ってか察してか、小さく息を吐き出した。


「そうか。……イルを、頼む」
「はい」


イルにとって桐条がいい姉のようであるように、桐条にとってもまた、イルはかわいい妹分なのだろう。それはきっと、心から。

微笑ましいようでいて、なんだか羨ましくもある二人の関係に小さく笑みを返し、そうして梓董は身を翻す。

イルの居場所などわからないが、それでも玄関を出て行く足に迷いはなかった。

外に出た梓董を真っ先に出迎えたのは、肌寒い秋の夜風。暗く落ちた闇に一層寒さが増したそれに、もう十一月なのだと改めて思い知る。

いろいろあって、いろいろ変わった。そんな半年。長いようで短かった気もする月を過ごし、その中身は今まで生きてきた年月のどれよりも充実していたと、今ならはっきりそう思える。

得たもの、失ったもの。これから得ていく沢山のもの、反して失っていくだろうものたち。そうしてこの手に何が残るかなんてわからないけど、その中に隣で笑う君がいてくれたら。そうしたらきっと、世界はどこまでも鮮やかなままでいられるはずだ。

空を仰げば、まだ欠けた幅もわからないほど丸い月が浮かんでいて。太陽の光を反射して鈍く輝くその姿に、なんとなく自分を重ねた。

彼女が与えてくれた光を、自分は返すことができるだろうか。

返せたら、いい。
少しでも、少しずつでも。

願いながら歩く足は、とりあえずポロニアンモールへと向けられ、その路地裏へと進められた。目的はもちろんベルベットルームだったわけだが、あいにくそこの住人にもイルの所在はわからないらしい。真っ先に思い付いたアテであったために少し残念ではあったが、とにかく改めて思い付く場所に足を運んでみることにする。

カラオケ店や巖戸台駅周辺、それから学校の前など。夜ももう遅いので、古本屋はとうに閉まっていたけれど、都会なだけあり移動手段だけはなんとか確保できていた。

途中、食べそびれてしまった特上寿司には及ばないだろうが、腹を満たすには充分なファストフードを軽く食べ、それから長鳴神社にも向かってみる。何気にいろいろ活用させて頂いている境内は、夏のお祭りの時が嘘のように静まり返っていた。

結局、 ここにもイルの姿はない。考えてみれば、彼女の行く場所は想像がつきそうでいて難しいようだ。普段から謎に包まれている彼女は、だからこそどういう生活を送っているのかもよくは知らない。知っているのは共に過ごす時間と、彼女がよく桐条や西脇達と遊びに行くこと、それとベルベットルームや古本屋にも顔を出していることくらい。それは多いようでいて、少なかったのか。その悉くに彼女の影も見当たらなかったことに、やはりもれてしまう溜息。

携帯を覗けば、未だ連絡一つ届いていないが、それでももうすぐ影時間が始まることは知ることができた。

今日は皆と様子をみた方がいいだろう。未だイルを捜したい気持ちをおさえつけ、梓董は一度寮に戻ることに決めた。

そうして戻ってきた寮の前。玄関の豪奢な扉に手をかけると同時、タイミングよく周囲の空気が変貌を遂げる。

暗い暗い、緑の世界。

慣れたこの空気、空間。


「……やっぱり、終わりじゃなかったか」


呟きながら踏み入った寮のラウンジでは、伊織や岳羽、山岸や桐条、そして彼女の父などが慌て焦っている様子が認識できた。

まあ、無理もない。実感がなかろうと、終わったことには違いないと思ってはいたのだ。それなのにまたこうして影時間が訪れるなど、望まれてはいなかった……はず。

桐条の父が連れていた二人の人物達だろう、象徴化された二つの棺を後目に、梓董も皆の方へと向かう。今まで不在にしていた梓董に対しての疑問は桐条が先んじて説明しておいてくれたのか、特に口にされることはなく。単にその余裕すら失っているのかもしれないその原因に、どうなっているんだと困惑の声が飛ぶ。答えは、どこからも出なかったが。


「実感なかったですしね……」


ぽつり、呟いた天田は、数少ない冷静さを保つ一人。続けるようにおかえりなさいと声をかけられ、ただいまと小さく返しておいた。

そうしている間にも、いつからか聞こえてきていた鐘の音が、全ての時が凍るこの世界に不気味に響き渡るその音に、皆の意識が向き始める。遠く聞こえてくるようでいて、近く思えるほど低く、大きく。今になって気にされ始めた理由は、偏に場に充満していた困惑と当惑の空気のせいだろう。

とはいえ一度はっきり意識してしまえば、もはや気のせいにはできない音に違いなく。気付いた岳羽や他の者達も辺りを見渡しどこからだと疑問を口にする。




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