終幕の鐘は遠く



「まったく、あいつは一体どこをほっつき歩いてるんだ」


桐条同様、イルを心配した真田が、暗い闇に飲まれ始めた屋外を窓から眺めつつ、息を吐く。両先輩共に、せっかくの祝勝会だというのに表情は険しい。そう思う梓董の表情もまた、晴れやかとは程遠いものなのだが。


「……とりあえず、祝勝会は予定通り行うが……イルは帰ってきたらまたしっかりと説教してやらなければならないな」
「ああ。その時は俺も言わせてもらうさ」


そんな会話を交わす先輩二人の言葉を耳にしながら、梓董は今日何度目になるかわからない番号を、携帯内で呼び出す。耳に当てたそこから伝う電子音は、やがてもう聞き飽きたお決まりの台詞を導きだした。


「おかけになった電話番号は」


皆まで聞かずに通話を切る。留守番電話サービスはとうに利用していた。それでも返ってきてはいない着信に、小さく溜息がこぼれてしまう。

……会えないことが、声を聞けないことが、自分でも驚くほど不安を覚えさせた。

ごめんなさい。
その声を振り払うかのように目を閉じ軽く頭を振れば、脳裏に彼女の涙が蘇る。思わず眉根を寄せ目を開けた梓董は、無意識に携帯を握る手に力を増していた。


「ん? ああ、いらしたようだ」


ふと。梓董が自らの内側に意識を寄せていたところ、何かに気付いたらしい桐条が改めて声を上げる。それに引き上げられるようにして意識を外側に向ければ、玄関の外から車のドアを閉めるような音が届いてきた。その音に導かれるようにして玄関へと向かう桐条に、真田が続き。何かを察してか他の皆も続いて行くので、梓董も一度携帯をしまい、それに倣う。

そうして皆が玄関付近に集ってやや置き、開かれたその扉からは三人の人物が吸い込まれてきた。内、先頭を歩く人物には覚えがある。片目を眼帯で覆った中年の男性である彼は……桐条の、父親だ。


「お待ちしていました」


娘の出迎えに頷いて応える彼は、自身の父が元となったあの災厄を、桐条のトップとして、研究に携わった者として……そして身内として。ペルソナ能力を持たぬ身なれど……いや、だからこそなおのこと、影時間やシャドウに対する重責を負い続けてきたことだろう。

それが自分自身の手によりではないにしろ、解決を見せたのだ。その祝いを告げに来ることは何もおかしなことではない。目に見える形で共に戦っていたわけではなくとも、確かに彼も戦い続けていたのだから。


「終わったのだな……ついに」


重々しく、低く呟かれる終幕。その重厚感は成し遂げたことの大きさをリアルに伝え、そして重き荷が降ろされる開放感を覚えさせる。そんな父の言葉に、今度は桐条の方が頷き応え。それから彼女の父は、場に集まった皆をぐるりと見渡した。


「皆も本当によくやってくれた。言葉もない。誰にも知られず、称える者も無い勝利だが、これは紛れも無く偉大な功績だ」
「ありがとうございます」


謝辞は代表して真田が告げる。確かに一般的にはないものとされる影時間内の出来事だ、誰に褒めることもできないだろう。それに数名は別としても、中には成り行きでこの作戦の数々に参加し続けてきた者もいる。最終的には自分の意志でここまできたにしろ、面と向かってこうして褒められるのは何だか少し照れくさい。

岳羽などは彼女の父親の関係からだろう、特に厚く労われ、お蔭で少し肩の荷が降りたようにはにかんでいた。


「全ての元凶であった12のシャドウ は、君らの活躍によって滅んだ。 これ以上は、何も背負う必要は無い。君らには若さの本分を謳歌する権利がある。今夜24時をもって、この“特別課外活動部”は解散となるだろう」


明日からは大手を振るい、普通の学生生活に戻ってくれ。そんな桐条の父からの激励を受け、けれど皆の活気が沸くことはなかった。

一様に微妙そうな表情を浮かべる皆は、ストレガの言うように、影時間に未練があるというのだろうか。それとも……。

現実味が、感じられないのかもしれない。

本当に影時間はなくなったのか。もう全てを気にする必要も、誰かがどこかで無気力症に陥る心配をする必要もないのだろうか。

漠然とわくこの空気は、猜疑。終わったのだ、 と、引け値なしに喜んだのはきっと、最後の大型シャドウを倒したあの瞬間だけ。時間を置いて冷静さを取り戻した今、全てが終わったのだというあの感覚は、知らず自然と靄を纏った。

多分それは皆が感じていることだろうが、だからといって確証のある話でもなし、あえて今日の祝勝会に水をさすような真似をする者はいない。不思議そうな桐条の父に真田が曖昧に濁した言葉を返し、そうしてこの件はうやむやな内に消し去られた。


「さあ、楽にしていいぞ。せっかく取ったものもある。遠慮しないで手をつけてくれ」


場に落ちた何とも言えない微妙な空気をかき消すように、それをリセットした桐条の声が響く。案の定というべきか、即座に伊織が反応し、待ってましたと寿司の並ぶテーブルまで駆け戻っていった。

忙しないし、行儀もよくはないが、けれど沈みかけた空気を浮上させてくれたのだから、いい働きをしてくれたというべきか。皆も呆れながらも柔らかな態度でもって、伊織の後を追っていく。

今後のことはわからずとも、今ラウンジに並んでいる特上寿司は本物なのだ。一般市民はなかなかにお目にかかれない豪華なその輝きは、たとえ一時だとしても皆を明るい気持ちにさせてくれた。



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