終幕の鐘は遠く



「おはよう。こうして陽の出てる時間に会うの、初めてだね」


全ての大型シャドウを倒し、そうして迎えたその日の朝。正直晴れ晴れとした開放感などとは程遠い心境の梓董は、夜中の疲労もあるはずなのに睡眠らしい睡眠をとることができなかった。

それでも時間は変わらず過ぎ行き、朝はこうしてやってくる。陽の光の差し込む梓董の自室内には、何故かそう、本人が口にした通りこの時間帯では初めて会う、ファルロスが訪れていた。


「いい天気だね……。今朝はほんとの意味で、新しい朝だ。君にとっても、僕にとってもね」


緩やかな笑み。泣き黒子が目を引く目元を細め、彼は笑う。柔らかく、優しく……そしてどこか悲しそうに。


「今まで集まっていた記憶のかけら……ついに、全部つながったんだ……。僕は、僕自身の役割がハッキリ分かった。来るべき時の訪れだ」


記憶の、かけら。今まで断片的にぽつりぽつりと語り続けてきたあれらが、ついにひとつの形を成したのか。この時を待ち望んでいたようでいて、反面、来なければいいとも望んでいた彼は、嵌め込まれ形を成したピース達に何を思うのだろうか。笑みを消し俯いた少年は、どこまでも寂しそうに見えた。


「ほんとは辛い事だけど、でも言うよ。お別れしなきゃ……君と」


――ごめんなさい。


別れという単語が彷彿させた情景が、何故か目の前の彼と重なる。いくら互いが似ていると認識していようと、さすがにそれは飛躍しすぎだろう。関係ない。そう思うのに、どくりと心臓が大きく跳ねた。


「今だから分かる。……君と、君達と友達になれた事は、僕にとって奇跡みたいなものなんだ。でも奇跡は……永遠には続かない。永遠だったら、いいんだけどね」


小さく笑うファルロスは、やはり寂しそうな切なさを湛えていて。永遠、なんて、わかるはずもないものに、縋りたくさえなってしまう。

出会えたことを奇跡とするなら、それがずっと続くことで、傍に在り続けることができるというなら。彼も……そして彼女とも、共に生き歩み続けていくことができるはずなのに。

ごめんなさい。

彼女は何を抱えて、そしてどこに消えてしまったのか。……帰ってきては、くれるのだろうか。


「永遠なんてなくても、繋がってる。きっと、繋がり続けてる」


そんなの、強がりだ。 声を聞きたいくせに、笑いあいたいくせに……触れたいくせに。全部全部押し込めた、なけなしの強がり。綺麗事で上辺を飾って、そうして築いたその仮面は、一体何になるというのだ。

でもそれでも。伸ばしたこの手が空を切るというのなら、せめて。せめて、その綺麗事にも縋っていたい。何かが残ると信じなければ、抗うことすらままならないから。


「そっか。……そうだね。ありがとう」


ファルロスは、綺麗に笑う。せかいの醜さなんて感じさせないほどに、まるでこのせかいはどこまでも綺麗なのだとでもいうかのように。

それは、彼女にも似た……。


「イルのこと、支えてあげてね。今の僕はきっと、会わない方がいいから……」


変えられないものは、あるんだ。

ぽつり、呟いたその言葉は、いつか話したあの会話を指すのだろうか。

変えられないもの。わかってはいても、それを受け入れることはきっと、とても難しい。そう続けるファルロスは、けれどいつものように、それが何を示すかまでは明確にはしなかった。

彼らしい。そう、思う。


「君やイルに出会えたこと、僕にとって大切な宝物だよ。じゃあ、ばいばい」


ふわり。溶けるように消えて行くその様は、もはや見慣れてしまっているほどにいつもと同じ光景だというのに。

何故だろう。

胸の奥に、ぽっかりと空虚な穴が開いたような、そんな気がした。







《11/04 終幕の鐘は遠く》







結局、イルは学校にも来ていなかった。

昨夜のことはファルロスで耐性がついていたはずの梓董ですらも驚き。けれど同時に、今までの彼女の行動を顧みるとどこか納得のいくものでもあった。……もちろん、彼女自身についての謎は深まるばかりではあったのだが。

とにかく。彼女が何者であろうと、 梓董には関係ない。それはいつものどうでもいい、のような一線を引く類の意味合いではなく、そう、彼女が何者であろうと、彼女であることには変わりないのだという認識。変わらず大切な存在であることに、違いはないのだ。

だからというわけではないが、彼女が消えたことは他のメンバーには適当に濁して説明をした。元より前科もあり、奔放さが目立つ部分のある彼女。桐条や真田辺りが保護者よろしく心配していた以外には、深く問いただされることもなかった。

多分きっと、すぐに帰ってくるだろう。そんな考えが当たり前のように無意識下で広がり、必要以上に深く考える者など梓董以外にはおらず。結果、今に至るわけなのだが。


「……梓董、あれからイルからの連絡はあったか?」
「…………」


授業を終え、寮へ戻った梓董を迎えたのは、今までに見たこともないほどに豪華な寿司の数々。これが噂の特上寿司かと、あからさまにテンション高く喜ぶ伊織を後目に、そのテンションにわざわざ水をさすこともないと、ラウンジの隅で桐条に声をかけられる。

問われた言葉に対して持ち合わせる答えは、いいえ、だ。

今日一日、時間を見繕っては電話やメールをしてみたが、その悉くに返事はなく。祝勝会を催すこととて知らせたのに、未だ彼女の姿はここにはない。

梓董に限らず、他の寮生達や、 イルと仲の良い西脇達、他にも古本屋の老夫婦などにも訊いてみたが、誰一人として昨夜から今までの間、彼女の姿を見たものはいなかった。




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