最後の大型シャドウ
それを探るべく注意を払っていると、ぶわり、黒い靄を纏いながら、大型シャドウの下方に三体の女神像が姿を現した。それらが大型シャドウに代わる、対地上の敵用の攻撃手段となるということだろうか。わからないが、考えられることはもちろん。
「とりあえずアレ、倒してみよう」
あからさまに怪しいのだ、何がしかの罠かもしれないが、もしかしたら大型シャドウに対抗する何らかの手段となるかもしれない。了解の意を示し、攻撃に移るイルらを見やりながら、罠や反撃に備え回復技に長けたペルソナを装着しつつ梓董も皆に続いていく。
正直、この女神像程度では、タルタロスでの訓練を怠ってはいない梓董達の敵にはなりえない。大した攻撃を受けることもなく素早く三体共倒し終えると、直後、コロマルの鳴き声が辺りに響いた。
「! イル、アイギス、退がれ!」
指示を出し、自らも素早く後方へ飛ぶ。いち早く危険に気付き注意を促したコロマルはもちろん、イルとアイギスもうまく退避した一瞬後に、重々しい轟音を伴い大型シャドウが降ってきた。
なるほど、そういうからくりか。理解は一瞬。すぐさま行動は次へと移る。
「戒凪! 今なら総攻撃いけそうだよ!」
「もちろん、いく」
「了解!」
巡ってきたチャンスをみすみす逃す手はない。イルの言葉に頷き、アイギスとコロマルも伴い、落ちてきたまま未だ体勢整わぬ敵に一斉攻撃を仕掛けた。
が、相手は大型シャドウ。一筋縄にいくはずもなく、多少の手応えだけ残しすぐに体勢を整えられてしまう。
まあそう簡単にいくはずがないことくらいは予測できているのだから、誰も取り乱したり体勢を崩したりなどしなかったのだが。
大型シャドウはむくりと起き上がると、片手を大きく振り上げ、その手を勢いよく地に叩き付ける。それにより生み出された衝撃波に皆が耐えているその隙に、大型シャドウは再び宙へと舞い戻った。
後に残されたのは、またもやあの女神像だ。
「なるほど、繰り返すわけね。ねえ、戒凪! 次はあたしに任せて! 修行の成果、ばっちり見せるよ!」
……修行?
何の話かは全くわからない。そうした単語が出てくるようなことを彼女がしていた素振りはなかったが……まさか、夜中に一人でタルタロスを徘徊していたなどと、そんなことは……。
ないとは言えない。何せ彼女はあのイルなのだから。
知らないところで無理や無茶はしないで欲しい。そういう思いから、僅かばかり体の内側が冷めてゆくようなそんな感覚を覚えたが、今はそれを彼女に詰め寄っている場合ではない。とにかく目の前の大型シャドウを倒すことを先決せねば。
「わかった。じゃあ、アイギス、コロマル、俺と一緒に各自あの石像倒して。後はイルに任せる」
「了解であります」
「ワフっ」
素早い了承。それが返ってくるほどに、イルの実力は仲間内で確実に浸透していた。
任せろ、と言ったのだ、彼女は。だいじょうぶであるに違いない。
もちろん、信頼と心配はまた別の話になるので、無理や無茶はしないでくれるに越したことはないのだが。……好意を寄せている相手なのだから、余計にそう思う。
そんなことを考えながらも成すべきことはしっかりと成すのが梓董という少年。彼が石像の一体を倒した少し後、アイギスとコロマルもそれぞれが対峙していた石像を倒し終える。
残すは、大型シャドウのみ。
宙を浮くための翼を手折ってやったのだ。落ちてくることは既にわかっている。後は……。
「イル!」
「うん、ありがとう! 戒凪、コロマル、アイギス! ……いくよ……っ、ヨシツネ!」
ぱきん、と、乾いた音が辺りに響く。口元に弧を描いた白い少女が、銃を模した召喚器で自らの側頭部を撃ち抜いたその瞬間。
姿を現した、紅色の鎧を身に纏った一人の武将。
「てやんでえ! こちとらアナーキーよ! アイツをぶっ殺してやりゃあいいんだな!」
…………。
いや、なんと言ったらいいのだろう。
歴史上の人物である源義経当人を知る由もないわけだが、まかり間違ってもああではないはず。にたりと不敵に嗤うその姿に、さすがの梓董も思わず一瞬驚いてしまった。
……というよりも、ペルソナとは確か自分自身の心のあらわれであったはず。そうとなれば、あれもイルの心の一部ということなのだろうか。
「おら、いくぜ! 八艘飛び!」
……随分と自己主張も強いように思えるが、それはともかく腕は確からしい。さすがは数々の偉功を遺した勇将だ。最後に残された大型シャドウをいとも容易く斬り伏せ、身を翻し消え行く様は、無駄もなく凛々しく美しい。
それもまたイルという少女の心の片鱗なのだろうかと思うと、少し納得できる気もした。まあもちろん、ペルソナはあくまで自分の心を具現化した存在なので、実在した当人ではないのだが。
「戦闘終了、でありますね」
「ん。そうだね」
大型シャドウの姿も消え、本来の影時間の静けさを取り戻し始めたムーンライトブリッジに、数人の足音が響き渡る。アイギスの言葉に頷きながら振り返れば、丁度他のメンバーが集まってきたところだった。
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