最後の大型シャドウ



「与えられた……?」
「わしらは、自然に目覚めた訳やない……。体を強制しとかんと、力が保たれへん」


どういうことだと問う桐条に、ジンはぽつりと吐き捨てる。そのためには特殊な薬が必要とされるらしく、それは……荒垣も、使用していたらしい。

自分自身の心の現身であるペルソナ。それを無理矢理抑えつける薬など、体にとって、心にとって、良いものだとは決して思えない。


「お前ら……影時間が消えるっちゅう意味、よう考えとるんやろな? 影時間に、なんか体験しても、普通のモンは記憶から消えてまう……」


ふ、と。気付いてしまった。

隣に立つ彼女の、イルの顔が、伏せられたことに。

影時間の間に起きた出来事は、世間的にはなかったこととして処理され、改竄される。それは今に始まったことなどではなく、ずっとずっと続いてきた、事実。

だけど。



――近い、とか、似ている……。そんな感じ。



思い起こす、しましま服を着た少年の言葉。満月前後の影時間にのみ会いに来る彼は、まるで影時間のみの住人のようにも思え……。その彼が言う、似ている、が示す意味を、梓董は未だ知り得ていなかった。

いくらなんでも、思い過ごしならいいのだが。あの少年とは違い、イルは影時間でなくとも存在している。皆もその存在を認識しているし、寮の者達は生活とて共にしているのだ。それは確かに謎の多い少女だが、だからといってこればかりは現実味に薄すぎる。

杞憂だ、きっと。


「けど影時間そのものが消えてもうたら、わしらペルソナ使いかて……」
「ジン……。もういいのです」


梓董が少しばかり思考に沈んでいる内にも、話はどんどん進んでいく。続けられたジンの言葉に意識を戻せば、そのジンの言葉をタカヤが静かに遮るところだった。


「さて……普通はこの辺りが潮時でしょうかね……。しかし……そうもいきません。時の限られたこの体……力を失ってまで生き永らえるなど無意味……」


歪んだ、歪な、笑み。何かを諦めているようでいて、何かを成そうとしているようでもあるその笑みを浮かべて、タカヤの手は自らの側頭部へと召喚器を誘う。

その手が引き金を引くよりも早く、横手から伸びた手がすべてを阻止した。


「破れかぶれは、あかん!」


そう声を上げたジンは、捉えたままのタカヤの腕を離すことなく視線を伏せ、そうして小さく謝った。これはタカヤが紡いだ言葉なのだと、そう続けて。

それから彼は再び顔を上げるとこちらを見据え直し、一歩、片足を退く。


「お前らの勝ちや……。行ってシャドウを倒したらええ。お前らの戦いが何やったんか……それで全部、分かるやろ」


一歩、一歩。じりじりと退いていく彼に腕を掴まれているせいか、タカヤも共にさがっていく。じわりじわりとゆっくりと後退を続ける彼らの背後にあるそれは……闇。

そう、暗く暗く広がる闇が、手を広げて彼らを誘っていた。……その下にある、海の底まで。

気付いた時には既に遅く、自ら身投げする形となった彼らの最期を追いかけるが、覗き込んだ橋の下はただただ深い闇が広がるばかり。遠くに見える底知れぬ水面が一瞬だけ上げた水柱も、今ではもう小さな波紋にまで鎮まっていた。

……この高さでは、もう……。

誰もがそう思う中、けれどこれで納得した者はきっと一人たりとも居はしない。荒垣のことがあったとはいえ、こんな結末を望んでなどいなかったのだ、誰も。

達成感にも似た清々しさなど欠片も感じられない、やるせなさ。どこにも向けられないもやもやとした想いは、それでも今引き摺るわけにはいかなかった。

本当の目的は、これからなのだから。

気持ちを切り替えるよう喝を入れ直す桐条に促され、橋の中央部まで戻ってゆく。その際、先程イルが顔を伏せたその理由が気になっていた梓董は、それを彼女に問おうとしたのだが。


「……シャドウ戦、がんばろうね、戒凪。だいじょうぶだよ、絶対」


大型シャドウの姿が見える方向をまっすぐに見つめ、きっぱりと紡がれる彼女の言葉。

その言葉が、シャドウを見据えるアオが、いつもと変わらぬ彼女のものであったから。

今は、頷いて応えるに留めておくことにした。


「……じゃあ、メンバーはイルとアイギスとコロマルで」


最終決戦……になるかはわからずとも、節目になることは違いないはず。気負いすぎは余計な隙を生んだりミスを増やす要因になれど、集中力や注意力を増すためにも適度な緊張感を得ることは必要だ。それは何も今回に限った話ではないが、だからこそ改めて口にする必要もないだろう。

指名したメンバーも、今回は待機となったメンバーも、今はただまっすぐに大型シャドウを見据えていた。

敵のアルカナはハングドマン……刑死者。宙に浮かぶ巨体は、空から何を眺めているのか。


「ここからじゃ攻撃が届かないか。アイギス、射撃は?」
「あの位置では射程範囲外であります」
「……降りてきてもらうしかない、ってことだね」


アイギスの射撃も、ペルソナによる魔法も、空中に浮かんだ敵にまでは到達できない。おそらくそれは敵にしてみても同じだろうが……ならばきっと、方法もあるはず。降りてくるまで待つ以外にも、降りてきてもらう方法が。




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