連休前夜



「イルは仲間だよなっ! なっ!?」
「……は?」


帰宅早々伊織に捕まるイルを目に、やはり呆れて溜息を吐く岳羽と、我関せずを貫き通し食事を摂る手を欠片も止めようとはしない梓董。何が何やらと視線を迷わすイルを見かね、助けに入ったのはもちろん、視線すらそちらに向けようともしない梓董ではなく岳羽だった。










《5/01 連休前夜》











「んー、とりあえず理緒と結子とは約束あるけど」


ラウンジのテーブルを囲み。伊織の言葉の意味を解したイルがそう告げる。
直後にマジかよと呟いてテーブルに突っ伏した伊織は、どうやら間近に迫ったゴールデンウイークという名の連休に予定がないらしく。同じように予定がない者を同志として求めていたようなのだが……。

お生憎様。イルは先の答え通り予定があり、岳羽や梓董も既に予定があると答え済みだったりする。


「あー……オレだけ仲間外れかよ……誰か一緒に楽しく連休過ごそうぜー……」
「あれ、その二人って同級生の? もう仲良くなったんだ」
「うん、まあ、部活入ったからだけど」
「へー。結局テニスとバレー、どっちにしたの?」
「テニス」
「って、オレ、無視!?」


伊織の発言など軽くスルーで会話するイルと岳羽に、悲しそうに伊織が叫ぶ。

今日の放課後、真田の検査入院の見舞いに行くことになり誘おうとしたのだが、姿が見えなかったイル。その理由はどうやら部活に入部しに行っていたからだったようだ。
病院までかなり強引に岳羽に連れて行かれた身である梓董にしたら、その鼻の利き具合は羨ましくもあったりする。

……本人が意図していたかまではわからないが。

喚く伊織にうるさいなあとばかりの視線を向ける岳羽のその冷たい眼差しに気付かずか、伊織はすぐさまオートで気を取り直すとイルへとにんまり笑いかけた。

それはもう、いやらしいという言葉があまりにも相応しすぎる笑みを。


「てかテニスかあ……。いいよなあ、テニス。女の子って感じで。こう、スカートの裾がひらひら〜って」
「うっわ、変態っぽい。てか変態そのものだし」
「残念ながら部活は普段ジャージでやってるよ」
「マジで!?」


より温度を下げた岳羽の冷たい視線よりもイルが告げた事実の方にこそショックが大きかったらしい伊織は、何やらぶつぶつ不満げな言葉の羅列を呟きながら再びテーブルへと突っ伏してしまう。そこまでショックを受けるようなものかと呆れる話だが、それでもやはり梓董はどこまでも我関せずを貫くようだ。

一人、黙々と食事を続けている。


「……そう言えば、何だかいろいろ急すぎて忘れちゃってたけど、イル、家族の人とかは大丈夫なの?」


ばたばたと流れるようにこの寮へやって来て、そのまま今日に至るわけなのだから、岳羽が心配するのも不思議ではない。何はどうあれ皆はまだ高校生、未成年なのだ。家庭事情は知らずとも家族が心配しないとは言い切れない。

そんな理由からの岳羽の言葉に、しかし問われたイルは一度きょとんと首を傾げ。まるで今思い至ったとばかりに小さく苦笑を浮かべてみせた。


「そっか、一応桐条先輩や理事長には伝えておいたんだけど、言い忘れちゃってたね。あたし、元は施設育ちだからだいじょうぶだよ」
「え!?」


イルが何でもないことのようにさらりと告げた彼女の身の上は、聞く方には何でもないことではなく。すぐに悟った岳羽がまずいことを聞いてしまったとばかりの表情をありありと浮かべる。良くも悪くも直情径行にある彼女だ、すぐに顔に出てしまうのは性分だろう。その表情を目にイルはすぐさま片手を振って言葉を口に乗せ重ねた。


「あ、気にしないで。あたしが一番気にしてないからさ」


軽く告げる彼女の真意はわからないが、それでも明るくそう言うということは、その言葉通り気にして欲しくないということなのだろう。岳羽はどこか気まずさを残した表情のまま、それでもイルの意を汲んで頷いて返した。


「さて、と。明日も学校だし、あたしもう部屋行くね。おやすみ」
「あ、うん。おやすみ」


どうやら直後に空気を読んでくれたのはイルの方だったようだ。気まずさを察して、意図せずともその原因となってしまった彼女は空気が重苦しくなるより早く一人先に階段を上っていく。

もしかしたら、こういう状況に慣れているのかもしれない。確認する術も必要もないが。


「……何か、ちょっと意外だったな」
「うん。何ていうか、イルって、全然そういう感じ出さないし。……って、そういう意味なら梓董君もなんだけどね」


ちらりと梓董へ視線を向ければ、彼はそれを気にした様子も見せずに食べ終えた食事の食器を片付け始めていた。何ら変わらぬ態度の彼に呆れるやら、むしろ感嘆するやらで。一度息を吐いた岳羽は、それから小さく笑みを刻んで呟く。


「……うん。明日からはまた普通におはようから始めよう」
「そうだな」


イルの去っていった階段を見やりながら意気込む二人の会話など我関せず。

梓董は最後までマイペースに小さく欠伸をもらしていた。










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