終わりではない終わりに向かう



気付いていた。
そう、気付いていたのだ、数日前から。

彼女が、何かに焦っているようだということに。







《10/30 終わりではない終わりに向かう》







満月に現れる大型シャドウも残すところあと一体となり。半年にも及ぶこの戦いが長かったのか短かったのかはわからないが、それでもこの終幕は寮生皆が目指す先。最終決戦に向け意気込む皆の士気は高く、緊張の中に不安を抱えながらも、訪れる終幕に高揚している様子も見られた。

そんな中。ただ一人、イルだけが何故か他の皆から一線引いているように思え。たまにふられるその話題にすら上の空気味に答えている姿を見て、梓董は訝しんだのだ。

彼女が抱えるものに沿わない何かがあるのかもしれない。時折自分の思考に沈んでは首を振って顔を上げるという動作が、どうにも彼女には似つかわしくないように思え。それなのにここ最近では特に頻繁に見られるようになったその姿を目に、梓董はついに問いかけることに決めた。


「……イル。何をそんなに焦ってるんだ?」


一人百面相、とまではいかずとも、一人でいる際の落ち着きのなさは焦っているように思えてならない。何かを悩みながらそれを打ち消し、そうしながらもまた悩む。繰り返されるそれを梓董が疑問として口に乗せれば、問われたイルは驚いた様子で目を見開いて梓董を見つめた。


「え!? や、あの、な、なんでわかったの?」


何でもない。そう隠すこともできたはずなのに、そうされなかったことに少し安心する。彼女は一人で抱え込み過ぎるのだ。もう少し頼ってくれていいのにと思うのは、日頃からの不服だった。


「まあ、伊達に見てるわけじゃないし」
「え」
「四六時中ってわけじゃないけど、気付いたら目で追ってたりするんだよね」
「そ、そう、なん、デスカ」


気付かなかったとしどろもどろに呟くイルの顔は赤い。右往左往する視線と併せ、何かに照れているようには思えたが、それが何に対してかまではわからなかった。大方、またストレートに事実を伝えたことで、そこに何か彼女の頬を染める原因が生じたといったところだろう。よくわからないが、自分の言葉でそうした反応をしてもらえることはやはり嬉しくもある。

そんな理由もあり、梓董は深く問うこともなくイルの答えを待った。


「……あ、あの、ね。次の満月のこと、考えてたんだ」
「大型シャドウ?」


もしくは、彼女に関するなら試練の方か。


「うん、それも。……ねえ、戒凪は次で本当に全部終わると思う?」


問い返され、その内容を胸中で反芻する。どこか不安そうに見上げてくるアオは、彼女のものだからこそ、その言葉の重みを増させた。

彼女はその先も知っているのだろうか。そう思ったが、それではあえてこうして訊いてくる理由がわからない。

もしかしたら……もしかしたら、彼女の知るものと、次の満月の出来事が一致しないのではないだろうか。

単なる憶測の域を出ないその仮説は、けれど問いかけには変じない。それを語るつもりがあるのなら、きっと既に語られていたはずだから。

つまり、今はまだその時ではないのだろう。


「終わる、というよりも終わって欲しいが正しいと思うよ。たぶん、みんなにとってね」
「……そう、だよね」
「と言っても、俺はまだ終わりじゃない可能性があると思うけど」


ちらりとラウンジの中を軽く窺い、他の誰にも聞こえないか確認してから声をひそめ、告げる。これも想像でしかないが、だからこそ他の皆に聞こえてしまうのはよくない。高まる戦意に水をさしても仕方ないし、不安を煽ることもよくないだろうから。

そんな梓董の言葉を受け、イルの目が大きく見開かれる。それに気付きながらも梓董は普段の様子を崩すことなく続けた。


「大型シャドウがタルタロスとか影時間の元凶、というのは少し不自然な気がする。むしろ大元は別にあって、それに関わるタルタロスや大型シャドウなんじゃないかとも思うんだ」


タルタロスの存在意義と、ファルロスの言う試練。それを思えば、余計に。

まあその大元が何かはわからないし、証拠のある推測でもない話ではあるが。


「そっか……。そうなのかも。そう考えれば、確かに……」


ひとりごちる彼女の言葉は、自身への納得と共に次の満月が“終わり”にはならないことを示唆している。終わらない、のだろう、少なくとも今回では。


「ありがとう、戒凪。何があってもあたしが成すことは変わらないけど、でも……ちょっとね、不安だった」


何が、かは語らない。けれど彼女が笑ったから。もうだいじょうぶと、いつもの笑みで笑ったから。

それでいいかと、思えたのだ。


「あ、でも皆にはあんまり言わない方がいいね、こういう話。どのみち大型シャドウは倒さなきゃいけないんだし……がんばろう」


迫る満月の夜のその先に何が待ち受けているのか。わからないけれど、彼女が隣で笑っていてくれるなら、それで頑張れる。

そう思いながら、梓董は緩やかに頷いた。








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