終わりへの始まりへ



あと、一週間。そう一週間だ。一週間後に訪れるその時が来れば……。

終わりは、近い。







《10/27 終わりへの始まりへ》







「こんばんは。あと1週間で満月だよ。いよいよ今回が12体目だ。準備はいい?」


月を背に立つ白い少女に問いかける。もうとうに慣れてしまったこのやりとりを交わすのは、これで何度目になることだろう。思い返せば感慨深いようでいて、けれど彼女との出会いから考えればまだ半年ほどしか経っていないのだから、時間の流れというものは不思議なものだ。

そんな風に感じる自分がいることもまた、ファルロスにとっては不思議なことだった。……不快、ではないが。

ともかく、試練が訪れる度にそれより早く伝え続けていた注意は、今回のこれで終わりを迎える。少し寂しい気もするが、それでも時は止まらないと知っているファルロスは、ただ静かに微笑み続けた。

そんな彼を、白い少女のアオイ双眸が、まっすぐに見つめ捉えてくる。


「……ねえ、ファルロス。これで本当に、全部終わるの?」


少しだけ震える声は、ひたすらに不安を押さえ込んでいた。揺れ始めた眼差しを隠すように俯いたイルに、どういうことかと首を傾げれば、彼女はゆっくりと小さく言葉を口に乗せ始める。


「だって、おかしい。次の満月が、十一月だってこと。十一月に、終わるなんて……。影時間もシャドウも全部消える? そんな……それじゃあ、アレは……。それにあたしまだ、彼に会っていない」


問いかけから始まった言葉は、いつしか譫言のような響きに変わっていて。ファルロスに話しかけているというよりも、一人で結論を見つけようとしているようにも見えた。

いや、結論は出ているのだ。彼女はそれを知っている。知っている上で……だからこそ、納得できる過程を探しているのだ。きっと。


「イル、ごめんね。僕にはイルの言っていることがわからない」


ファルロスが知るのは、満月になれば試練が訪れること。終わりが、近付いていること。そして……試練は次で終わること、だ。

その先に待つ終わりが何か具体的にはわからないし、イルが何故十一月に拘っているのかもわからない。そしてやはり、彼、についてもわからないままだった。


「あ……ごめん。そう、だよね。…………」


ファルロスの言葉に我に返った様子で目線を合わせてきたイルは、けれどすぐにそれを伏せると、何かを思案するかのように黙り込んだ。眉根に寄せられた皺が、彼女の悩みの深さを物語る。

なんて声をかけたらいいのだろう。彼女の思う先も、彼女の記憶も知らないままで。彼女が抱えるその荷の姿さえわからずに、こんな時に何を伝えれば彼女のこころに届くのか。

彼女には、笑っていて欲しい。彼女が楽しそうだとなんだか自分まで楽しくなってくるし、彼女が嬉しそうにしているとつられるように嬉しくなる。だからこそ寂しそうにしていたり、悲しそうにしていたり、苦しんでいるような彼女の姿は見たくなかった。彼女をそうさせるその原因を取り除けたらいいのにと、そう思うのだ。


「ねえ、イル。イルの言いたいこととかやっぱりよくわからないけど、でも……イルは、自分が何をしたいのかは決めてるんだよね」


イルが失う代わりに得たという、彼女曰わく彼女の全て。それが具体的に何を示すかまではわからずとも、それを曲げない彼女の想いは知っている。だからこそファルロスが紡いだ言葉は疑問を帯びることなく、確信に満ちていた。

そんなファルロスの言葉を受け、イルは伏せていた顔を緩々と持ち上げると、少しだけ口の端を持ち上げ笑みを形作ってみせる。


「そう、だね。うん、ファルロスの言う通りだ」


納得するように一度頷き、彼女は目を閉じ息を吸う。そうして吸い込んだ息をゆっくりと吐き出し再び目を開いた彼女は、いつものようなへらりと明るい笑みを浮かべ直していた。


「そうだよ。何が起きるかなんてわからない。でも……何が起きても、あたしが戒凪を守りたいって気持ちに変わりはないんだ」


だったら、守ればいい。願うままに、望むままに。それが彼女が前を向く証だというのなら、揺るぎないそれを見つめ続ければいいのだ。

それはそう、難しいけれど簡単な話。


「ありがとね、ファルロス。やっぱりまだ色々気にはなっちゃうけど、でも……大事なことは、掴んでいられそう」


よし、と小さく意気込む彼女からは、いつもの芯のようなものも窺え。知らず安堵の笑みを浮かべたファルロスは、満足にも似た感覚を覚える。

彼女が笑顔を取り戻してくれた。それがとても嬉しくて……けれど何故だろう、何故か、どことなく寂しくもある。


「今度の試練が終わったら……イルにも、会いに来たいな」


試練の終幕が告げる先は別れだと、なんとなくわかっていた。彼とも……彼女とも。別れが、来るのだ。

だからなのかもしれない。こんなにも寂しい気持ちになってしまうのは。

もっとずっと一緒にいられたらいいのに。この時間だけに限らなくとも、もっとずっと。昼間の二人も見てみたいし、一緒に遊んだりもしてみたい。

以前は知らなかったようなそんな願望を自覚すると、寂しさはますます色合いを増し始めた。


「待ってるよ、いつでも」


ふわり、そう言って笑ってくれるイルの言葉に、いつもなら心が軽くなるはずなのに。棘でも刺さったかのように少しだけちくりと痛んだ胸を隠して、ファルロスもゆるりと笑った。


「うん、ありがとう。……じゃあ、またね」


叶わない願望。乗せた言葉は悪あがきかもしれないけれど、本気で願う、切望でもある。

また。呟いて闇に溶ける自分にも、何かを残すことができたらいいのに。

金色の光の下に輝く白銀が、ただただ眩しかった。








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