親友へと、自分へと



天気は快晴。どこまでも青く深く広がる空は、重厚なその扉を押し開けたことで涼しい秋風を伴い出迎えてくれる。


「誰もいないのか……。こんなに風が気持ちいいのにな」


空の青さに目を細め、それから辺りを見渡してぽつりと呟いた。もったいない、そう思う反面、清々しいまでのこの心地よさを独占している現状に、少しばかり気持ちが躍る。


「よく来るんですか?」


問う声は背後から紡ぎ出され、届くとすぐに秋風に攫われた。


「いや、最近はあまり……。昔、シンジがよくここでサボってたんだ。寝てるアイツを、部活帰りに迎えに来てな……」


振り返らない。代わりに、もう一度空を仰いでから歩を進める。向かう先はこの屋上の端、フェンスで覆われたそこの一部分。

片手を伸ばし触れた格子状の編み目に指先をかけ、その向こうに広がる景色を見つめた。遠く遠く広がる光景は、いつも見ている場所のはずなのに、見方が違うだけで知らない場所のような錯覚すら覚えさせる。


「ここは遠くまで見えるな……。目が……痛いほどだ……」


呟く言葉が誰に対してのものでもないとわかったからか、返事はない。それに特段何か思うでもなく……真田はゆっくりと振り返った。

見据えた視線の先で、こちらをまっすぐに見つめるアオと目が合う。ああ、空のイロ、だ。

ぼんやり思い、眩しささえ覚えさせるそのアオに、僅か……目を細めた。







《10/26 親友へと、自分へと》







「昨日、シンジに会いに行ってきた」


ぽつり、ぽつり。
ゆっくりと紡いでいく言葉を、傍らで黙して捉えてくれるイルに向ける。授業を全て終えた放課後、少し時間をくれないかと彼女を呼び出したのは真田の方だった。


「相変わらずだったよ。相変わらず……ただ静かに、眠っていた」


緩やかに上下を繰り返す真っ白なシーツ。触れれば伝うであろう温もりとそれとが、確かな生を感じさせ、真田をひどく安堵させてくれた。

夢を、みていたりはするのだろうか。寝顔はどこまでも穏やかで、いつ目を覚ましてもおかしくはなさそうなものなのに、その目が開かれることはない。それが、なんだかとても……妙だった。

けれどそんな荒垣に対し、早く起きろだとかそういった言葉を投げることを、真田はしてきていない。それをする気も、昨日は起きなかった。

昨日荒垣の元を訪れた理由は、別にきちんと存在していたのだから。


「こないだ話したよな、妹のこと……。もう、何も失いたくないんだ。失うぐらいなら、何も要らないと思ってた……」


ずっと。そう、ずっと。妹を喪った、あの日から。大切なものがこの手を二度とすり抜けていかないよう願うから、そのためなら大切なものなど何ひとつ作らなければいい。極論だと言われようと、本気でそう思っていた。

それが、ただ保身に逃げているだけなのだとは気付いていたけど蓋をして。

だけど。だけど、今は。


「……だが、今は違う。失いたくないから、大事なものは…………守る」


昨日、病室で眠り続ける彼を目に、心の中で告げた決意。そこに至る想いはきっと、ずっと自分の中にあって。それを形として出すきっかけをくれたのはそう、目の前の、どこまでも深いアオを湛えた瞳をもつ少女の存在。彼女がきっと、真田の顔を、上げさせたのだ。

前を向いて、歩くために。


「大事なものは、全部……。天田も、みんなも……イル、お前も。全部、俺が守る」


全部、全部。失いたくないから大事なものを抱えないのではなく、失いたくないなら守ればいい。守り抜けばいいのだ、今度こそ、この手で。

そうだろう? 問いかけた幼なじみは答えてはくれなかったけれど、それでよかった。彼ならきっと緩く笑いながら、そうか、と返してくれる。いつもいつでも、そうであったように。


「……守りたいって気持ちなら、あたしにもわかります」


ふいに、呟くように紡ぎ出された言葉が、風に乗る。ふわりと軽く舞った銀糸をそのままに、目の前の少女のアオがこちらを捉えたまま細められた。


「……あたしにも、守りたいひとが、いますから」


梓董戒凪。彼女の言葉を受け、真っ先にその名が浮かぶくらいには彼女のことをわかっているということだろうか。彼こそが彼女の中心を占め、そして満たしているのだろうと、真田ですらも察し理解しているところ。


「だいじょうぶですよ、真田先輩なら。きっと、守っていけます」


あたしは守られるつもりはないですけどね。

空気を読んでいるのかいないのか、そうして落とすその言葉さえも彼女らしい。何を抱えているかは知らないが、彼女がずっと抱え続けているそれは、どうやら相当に根深いようだ。頑なな姿勢にもどかしさも覚えるが、今はそれより。

彼女が背負うそれごと、彼女も守ってやりたい。彼女自身がなんて言おうとも、だ。

そんな風に思いながら、彼女の紡いだだいじょうぶ、に笑う。何故だかそれが、優しく……けれど力強く背を押してくれる気がしたのだ。


「俺はきっと、誰かに話してこの決意をより固めたかったんだと思う。……イル、お前に話せてよかった。聞いてくれて、ありがとう」


くしゃり。少し乱暴に、けれど親愛にも似た感情をもって優しく撫でた彼女の銀糸は、変わらず柔らかかった。へらりと笑い返してくれるその笑顔もいつもの彼女のもので……失いたくない、もう二度と。

そう、より一層強く、思うのだった。








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