いもうと



「あいつは死んで、もういない……。それはわかってる、受け入れてる。ただ」


尊いと、知っているから。わかってるから。思っているから。きっと、だからこそ、余計に。


「この怒りと……無力感だけは、どうしようもない……」


これは、この感情だけは、生きている限りずっと自分が背負っていくべきものだと思っている。

あの時のことを後悔していないだとか、引きずってはいないだとか、そんなこと、なくて。だけどそれは前を向いていないこととはイコールではない。

背負った上で顔を上げて生きていける。そんな強さをきっと、ひとは持っているはずだから。

だから……そういう風に生きていけたらいいと、願うのだ。

忘れずに、想い続け、その先で前を向いて生きてゆく。そんな生き方をしていけたなら。


「お前に、話したかった。お前にも……背負って欲しかったのかもしれない」


酷い、話だけれど。

一方的な自己満足。そうとわかっていて、それでも口にしてしまったこの話は、他の誰でもなく彼女に聞いてもらいたかったのかもしれない。

それは多分、きっと。彼女が……彼女を。


「……すまなかった。俺は……ひょっとしたら、お前に美紀を重ねているのかもしれない」


荒垣も、もしかしたらそんな気持ちだったのだろうか。彼女に抱く好感、その中身は恋愛感情というよりも、親愛。

手のかかる、妹のような感覚。

そう思い、その感情に納得すると、なんだか少し……清々しくもあった。


「ミキちゃんって、妹さんの名前ですか?」
「ん? ああ」


全てを話し、その上で彼女が何を想い何を口にするか。少し怖い気もしたが、気になったその反応は、意外にも小さな疑問で。

そういえば名前を告げたのも今が初めてだったかと、今更ながらに気付きながら頷けば、イルは小さくそうですか、と呟いた。


「……あたしは……一緒に背負っていけるとは、約束できません」


凛。少し低い位置からのアオが、それでもまっすぐに真田を仰ぐ。

それは、そうだろう。他人の事情を、過去を、唐突に聞かされて、その上で共に背負って欲しいだなどと、それが重荷でないはずなどないのだ。

背負えない。それは予想できる答えの範疇内。だけど。

だけど、彼女なら頷いてくれるはず。

そう、心のどこかで思っていた真田は少し、痛みを覚えた。

勝手なものだ。そう内心で自嘲する真田の目の前で、やはり変わらずまっすぐにこちらを見上げてきていたイルが、ゆっくりと微かに……笑みを刻む。

優しくて、柔らかな。包み込むようにすら感じる、そんな笑みを。


「でも、あたしはきっと、ずっと覚えてます。真田先輩がどれだけミキちゃんを大切に想っているかを。どれだけミキちゃんをいとおしく想っているかを」


想っていた、ではなく、想っている。決して過去形にはしない彼女の言葉が、小さなことだけどとても大きくて。

思わず、涙が零れそうになった。


「そうか。……そうだな、それで、充分だ。ありがとう、イル」


充分だ。呟く言葉は先程受けた身勝手な傷すらなかったかのように、暖かく体の中を巡ってゆく。

そうだ、一緒に背負う必要などない。わかってくれている、覚えてくれている。それで、充分ではないか。

ありがとう、それは心からの言葉。まっすぐに向き合ってくれ、そしてその答えをくれた彼女への、心からの気持ち。

緩く笑う真田に、イルは今度こそいつものようにへらりと大きく笑って応えた。

彼女にはこの笑顔がよく似合う。そんなことを思いながら、銀色の髪が揺れるその頭をぽんぽんと軽く叩いた。

妹とは違う、けれど本当に妹のような彼女。彼女は、笑って生きていてくれたらいい。そんな風に、願う。


「さて、帰るか。今日の夕飯のメニューはなんだ?」
「酢豚をメインにしようかなーとか思ってます。デザートはスィートポテトですよー」
「お、それは楽しみだ。……ん? イル、もしかして知ってたのか? 俺がスィートポテトを好きだということを」
「ふふふー。荒垣先輩が言ってたんです。知ってますか? 荒垣先輩、真田先輩のことよく話すんですよ。心配してくれるひとがいるって、いいですよね」
「……ああ、そうだな」


きっと、この少女は疑ってなどいないのだろう。荒垣が目覚める、その日を。

荒垣が目覚めたら、その時は妹の話をするのも悪くはないかもしれない。今ならきっと、楽しかった思い出を語れそうな気がするから。

その時は……イルにも、声をかけてみようか。妹の、真田の、荒垣の、幼かった思い出を、彼女ならきっと微笑しながら聞いてくれるはず。

そんなことを思いながら、日が傾きだして橙に染まる街中を、寮へと向かい歩き出した。








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