いもうと



ひとつ年下の後輩が、自分の友人であり幼なじみでもある彼と時折親しげに話している姿を見かけてはいた。親しい、というのはこちらの主観だし、実際どこまで親しくしていたのかまではわからない。だが彼は、特定の誰かとあまり話し込んだりするタイプにはなく、そういった姿を見たということはそれだけで稀なことだとは思えるのだ。

まあ、その彼と話していた相手を思うと、真田にも納得がいくのだが。

何と表現するのが妥当なのか。友人というよりも、仲間というよりも、それはそう……放っておけない。それが近いかもしれない。

手がかかる。そうだ、その辺りがしっくりくる。

そんなことを内心で考え、一人納得した真田がその後輩を連れ放課後に訪れた場所は、長鳴神社だった。そこはあの出来事が起きる前、真田の友人がその後輩を連れてきた場所でもある。

追うつもりはない。感傷に浸るつもりもない。だけどそれでもこの場所を選んだのはきっと、弱さ、なのだろう。

神社の隅、子供向けの遊具をぼんやり眺め、真田はゆっくりと口を開き始めた。







《10/23 いもうと》







「悪いな、今日は……。その……迷惑でなければ、少し、話してもいいか?」


ぽつり、ぽつり。
緩やかに紡ぎだしていく言の葉は、少し頼りなげで、けれど震えてはおらず。紡ぐ強さの儚さに、らしくないと内心で自嘲する。

話しかける相手は、ひとつ年下の後輩。春も夏も秋も関係なく一貫して白い少女を通す、イルだった。

彼女は少し変わっていて……いや、変わっているとする定義はまた別にあるのだが、ともかく。他の女性達とは違い、真田を取り巻くようなことをしたことはない。それは桐条のような、というわけではなく、彼女は桐条とも違い、むしろよく真田につっかかっているようにも思えた。

いや、違う。あれはつっかかっているとか、そういうことではなく。

対等……というよりもそう、まっすぐ。そうだ、まっすぐ、が、しっくりくるのかもしれない。

ただただまっすぐに、誰に引け目を感じるわけでも、物怖じするわけでもなく、まっすぐに。向き合ってくるのだ、彼女は。

屈託なく笑ってみせたり、子供のように拗ねてみせたり、けれど素直に礼も謝罪も口にできる。そんな彼女に友人である荒垣が好感を持っていたのだとしたら、それは真田にも理解できる想いだった。

多分そう、それが、彼女に話そうと思い至った理由なのだ。

ただ、内容が内容であるだけにどうしてもいつもの調子を出せずにいる真田は、もしかしたらこの前置きを彼女は笑い飛ばすかもしれないとも思っていた。彼女なら、それくらいできるのだから。

けれど。


「構いませんよ」


少しだけ刻まれた、微笑。それは決してバカにしようとしてのものではなく……むしろ、変に緊張してしまっている真田の力を抜こうとしてくれているようにも思え、真田は無意識に小さく息を吐きつつ微笑を返していた。

そうだ。彼女はそういう子ではない。

たとえ笑い飛ばすことができたとして、ひとの想いが込められた言葉までをそんな風に扱う少女ではなかった。

わかっていたはずなのに。微笑を苦笑に変えた真田は、とりあえず遊具の置かれた小さな公園付近にある段差へと彼女を誘う。座らないか、問う言葉は、自然だった。


「うまく、まとまってないんだが……。俺には、救えなかった妹がいるんだ。施設が火事にあって……燃え盛る炎の前で俺は……」


無力だった。

零した言葉はたくさんの感情が入り混じり、けれど自分が思うよりもよほど空虚に響く。もう、この手が届くことはない。そんなこと、あの子を失ってからずっと……ずっとずっと、思い知らされて生きてきたのだ。


「あいつには、俺だけだった」


年の近い子供がいなかったためか、友達もできず。そのせいなのか、いつでも彼女が頼ってきたのは兄である真田だった。おにいちゃん、おにいちゃん。子供特有の少し舌足らずな高めの声で懸命に呼びながら、いつでもいつだって真田の後を付いてまわっていた。

たったひとりの、妹。
たったひとり残された、血の繋がった家族。

可愛くて、大切で、いとおしくて。……それなのに。


「なんで……死ななきゃいけなかったんだ」


あんなに幼くて、親の顔だって知らなくて、食べたいものもおいしいものも満足に食べられなくて……欲しいおもちゃだって、手に入れることができなかった、そんなあの子が。

どうして。どうして、どうして。


「生きてることが……罪だとでもいうのか?」


あの子が一体何をした。何もできなかった、未来すら得られなかったあの子が、どうしてこんな形で命すらをも奪われなければならなかったのだ。


「そんなことないです。生きていることが罪だなんて、そんなこと……絶対に、ない」
「イル……」


だって、生きているって、とても尊いことだから。生まれてこれたこと、生を刻んでこれたこと、それがたとえ奇跡などではなかったとしても、それでも何より尊いことには変わりない。

紡ぐ彼女が何を想ってそれを口にしたのかは、真田にはわからない。けれどその言葉は、きちんと奥まで届いてきていた。

そう、あの子の生は、生きていてくれた年月は、何よりも何よりもとても尊い。尊いのだ、今でも。




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