のこされたもの



皆各々思うところはあれど、さすがに少しずつ寮生達も元気を取り戻し始め。以前の賑やかさを取り戻しつつある今日の夕食も済ませた梓董とイルが、いつの間にやら恒例となりつつある食後のお茶をしていると、どこか神妙な顔つきでやって来た天田が、俯きがちに願い告げる。


「あの、お二人にお願いがあるんです。……僕と一緒に、来て欲しいところがあるんですが……」


きょとん。改まって頼まれる願いに、梓董とイルは顔を見合わせ首を傾げた。







《10/20 のこされたもの》







「すみません。一人だと、こわかったから……」


ここまでの道中と変わらず俯きがちに呟く天田に連れられ訪れた場所は、辰巳ポートアイランド。寮生皆にとって重大な意味を持つこの場所は、天田にとっては殊更感慨深い場所だろう。

その路地裏まで足を運べば、未だ記憶に鮮明に甦る、あの時の情景。視界に赤がちらついて、梓董は微かに目を細めた。

荒垣先輩ならだいじょうぶ。

傍らの少女が紡いだ言葉を心の奥で繰り返し、小さく息を吐いた。


「生きるって……難しいですね。生きていくって……つらいですね……」


ぽつり。絞り出すように紡ぐ天田は、いつの間にか顔を上げ、ただまっすぐに前を見つめていた。痛みか苦しみか悲しみか、あるいはそのどれもなのだろう、固く引き結ばれた唇と、強く強く握りしめられた小さな拳とが、痛切に彼の感情を物語る。泣きたいなら泣いても構わないが、今それは違うような気がして、顔を歪めながらも涙ひとつ見せない少年の目線を追った。

ちらつく、赤。暗い路地裏にはもう、赤は残されていないのに。


「……楽しいことも、嬉しいことも、あるよ。きっと」


するりと零れた言葉に、天田が顔を向けてきたことが気配で伝う。傍らの少女に関しては、わからなかった。

生きてゆく内に抱え込めるものなど、ひとの器には収めきれるはずもない。その中で残すもの、残るものを意識的にも無意識的にも決めて歩んでいかねばならないのだ。

生きるって、難しい。
その言葉は、きっとすごく的を射てる。それでも生きてゆくのだ。誰かのために、自分のために。

緩やかに視線を移す。向いた先に白い少女の姿を認めると、彼女のアオと目が合った。

小さく笑えば、彼女の表情も微かに緩む。それで、充分だ。


「大丈夫だ」


視線を下ろして、今度は天田のそれと交える。小さく揺れるその眼差しを見据え、はっきりと紡ぐ大丈夫。

何がなのか、何故なのか。そこまで伝えはしないけれど、天田は微かに頷いた。


「……はい」


帰ろうか。
告げるイルに、天田はもう一度頷き踵を返す。その隣に寄り添うイルから視線を向けられ、梓董も静かに頷いた。

正しい路などわからなくて、多分これからも幾度となく躓いて生きてゆくのだろう。それでもそれさえ抱えて歩んでいかねばならないのだ。

一度だけ振り返った路地裏にはもう、赤がちらつくことはなかった。









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