ある意味日常



昨夜の内に寮を飛び出していた天田も戻り。荒垣の一件が要因していることだろう、真田と天田のペルソナが成長を遂げたとアイギスから聞いた。

我は汝、汝は我。
ペルソナの成長はそのまま自身の成長でもある。

二人共、乗り越えるべきを乗り越えたということだろうか。未だ重い空気を払拭しきれない寮内で、梓董とイルを除き前を向き始めたのはその二人とコロマルくらいのものだった。……まあ、アイギスに至っては変わりない様子ではあるが。

そうは言っても世界は変わりなく動きゆくもので。暗い空気を払拭しきれないこの寮の寮生達のことなど知ったことかとばかりに、その日は変わらず近付いてくるのだった。







《10/07 ある意味日常》






「イル、もうすぐ中間試験だけど、ちゃんと勉強してる?」


夕食後。気まずいような重い空気を背負った食卓は、明らかにいつもより静かで。賑やか担当の伊織ですらあまり発言をしていなかったのだから、今回の件の根の深さは相当だろう。当然といえば当然かもしれないが。

それでも表面上は皆何とか少しは取り繕っていた辺り、多分天田への配慮が含まれていたのだと思う。その中で変わらぬ態度で彼に接していたイルの存在は、そういった空気に敏感な天田にとって救いだったように見えた。イルに向ける笑顔には、確かな安堵も含まれていたからだ。

とりあえず、まだ少なからずぎくしゃくしたままの食事を終え、皆各々自分の時間を迎え始めた中、梓董はイルが淹れてくれた紅茶を飲みながら彼女の夕食の片付け作業が終わるのを待っていた。そうして今の発言に至るわけだが。


「え、し、試験?」


目を瞬かせた後口元を引きつらせたその様子から察するに、多分きっと、いや、おそらく絶対に、彼女はそのことを忘れていたのだと思われる。あからさまにマズいと言わんばかりに視線を迷わせ始めたその姿からも、それは容易に想像できた。


「……この前授業サボってたし、余裕なんだと思った」
「うっ……。それ、今持ち出しますか」
「冗談だよ」


今度はがくりと肩を落とすイルの様子を目に、表情だけでなくその仕草まで見ていて飽きないのだから面白い、と。そんなことを思いつつ小さく笑い、それから梓董は話を本題へと持っていく。


「また今回も俺が見ようか?」


目に余るほどに順位を落としたとあらば、荒垣が復帰した時に笑顔で出迎えるどころの話ではない。顔向けできないというか、盛大に呆れられてしまいそうだ。

そんな内心を抱えての提案は、それ自体はいつもと何ら変わりないもの。変わったことと言えば梓董の心境だが、まあその辺りはもちろん。


「手は抜かないけどね」
「え、優しくなったりとか……」
「ふーん、イル、俺の教え方、不満だったんだ?」
「めめめ、滅相もございませんっ!」


ありがたやー、ありがたやー、などと、お年寄りが地蔵を拝むようなそのポーズはやめて欲しい。生き仏になる趣味はない。


「まあでも、十時半頃までにしようか、今回は」
「へ? か、影時間使わなくていいの!?」
「……嬉しそうだね」
「いいい、いえ! めめめ、滅相もない!」


ひいっ、と引きつった悲鳴を上げられるが、正直そこまで怯えられるのは心外だ。想い人相手だから落ち込む云々の前に、決して教え方は下手でないはずという妙なプライドが働くからなのだが。

事実、イルは自身が驚くほど上位の成績を修めている。……その知識をテスト終了と同時にどこかに捨ててきているようではあるが、ともかく、結果が語っているはずだ。梓董の教え方は悪くない、と。

……正直、少しばかりスパルタ気味だった自覚はあるが、ひいっ、などと言われるほどではなかったはず……多分。


「……あんまり詰め込みすぎるより、適度に睡眠とった方が頭に入るし。あ、あと、さすがにラウンジじゃ集中できないだろうから、作戦室借りることにする」
「へ? 戒凪の部屋は?」
「……却下」


何で? とばかりに首を傾げる彼女はやはり、色々と自覚に乏しいのではないか。何があるわけではなくとも、自覚してしまった以上心情は変わる。安易に部屋に上がるべきではないだろうし、上げるべきでもないだろう。それはどちらの部屋でも、だ。

ちなみにもっともらしい理由付けをした時間に関してもそういった理由が隠れているわけだが、その辺はもちろん語らない。首を傾げるイルには、自分で理解できるまで不思議がっていてもらうことにした。


「じゃあそういうわけだから、勉強道具持って四階に行こう」
「はい……。よろしくお願いします……」


何だかやる気が感じられないことには、あえて気付かなかったフリをした。








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