後悔よりも



深夜、影時間が明けてすぐに病院へと搬送された荒垣の容態は、意識不明の重体。担当医師によれば意識が回復する見込みはないだろうとのことで……。今はただ、生きていてくれたその望みに賭けることしか梓董達にできることはない。

荒垣の傷の止血にと使用した制服は、今朝方には桐条が新調してくれていた。それに袖を通し、それでも学校を休むことはできずにいつも通り登校する。

……いや、休むことができない、というよりも、他にできることがない、が、正しいのだが。

荒垣の病室は面会謝絶で立ち入ることもできないし、例え入ることができたとしてできることなど何もない。祈ることしかできないなんて、無力さに腹が立つ。

梓董は身に入ってこない授業を聞き流しながら、それでもただ一人、堂々登校を拒否した少女の、主が不在の席をただぼんやりと眺めていた。







《10/05 後悔よりも》







彼女がここへ来て、どれほど経っただろうか。

時の流れから乖離された場所であるここでは、それに大した意味などなく。ちょっと居させて、と、そう呟いた彼女はそのままテーブルに突っ伏し、それ以降微動だにすることなく今に至る。

彼女が寝ているわけではないことくらいこの部屋の住人達にはわかっているが、だからといって無為に話しかけるような真似をする気はどちらにもない。ここは客人ありき、なのだ。語りたくないことにまで不用意に踏み込んだりはしない。

こちらからの用があれば、話はまた別だが。

そうしてどれだけ時間が経ったかもわからない頃、ようやくぽつりと彼女の口が開かれた。


「……大切な仲間が、今、意識不明の重体なんだ」


テーブルに突っ伏したまま、小さくぼそぼそと紡がれる言葉。ともすればベラドンナの歌声にかき消されてしまいそうなそれに、けれどこの部屋の住人であるエリザベスもイゴールも聞き逃すことはなかった。

ただ二人は相槌を打つこともしない。……目の前の白い少女が、それを二人に話しているわけではないと、知っているから。


「……あたし、知ってた。わかってた、はずなんだ。……あの日、あの時あの場所に、その人の姿がなかったこと。知ってたはずなのに……深く考えもしなかった……」


いることが当たり前なんて、そんなことないことくらい、わかっていたはずなのに。それなのに、見えていなかった。

呟く声は感情の抑揚に乏しく、ただただ事実を事実としてのみ述べるかのように淡々としている。それがまるで何かを必死に押さえ込んでいるかのようにも思えて……けれど白い少女、イルはやはり微動だにしなかった。


「みんな、みんな……覚悟していたはずだった。選んだ時から、進んだ時から。全部、ぜんぶ。なのに……っ」


小さな肩が、小刻みに震え出す。伏せている顔にどんな表情が浮かべられているかは窺うことができないが、肩同様震えだした声音が、彼女の抑えきれなかった感情を溢れ出させていた。


「あたしの覚悟なんて、口だけ。残してもらったただひとつがすべてのはずなのに、失いたくないなんて自分が強欲すぎて腹が立つ。でも、でもそれでも……」


ぐっ。一拍、詰まる言葉。ややあってゆっくりと上げられた顔は、どこまでもまっすぐだった。


「あたしは、何度だって同じ選択をする。この路に、後悔なんてしてないから」


アオイ眼差しは、強い何かを宿して瞬く。彼女の白いパーカーの袖口が濡れていたことに、気付いていたけど気付かないフリをした。


「よしっ、とりあえずあたし、今よりもっと強くなる。あたしがしなきゃいけないことは、後悔なんかじゃないんだ」


あの日、あの時の覚悟を忘れたりなど絶対にしない。今自分がここに立っている意味を、理由を、沈めるわけにはいかないから。

そう伝えてくる彼女のアオは、新たな光を宿してエリザベスを見上げた。ただ、まっすぐに。


「てことで、特訓してください」
「まあ……いつぶりでしょう。腕がなります」
「あ、や、ごめん、ちょ、ちょっと手加減してもらえると嬉しかったり……」
「あら、強くなる、と仰ったはずですが」
「そそ、そうなんだけど……っ、そうなんだけどねっ」


慌てる客人と、意味ありげな不穏な笑みを浮かべる傍らに立つもう一人のこの部屋の住人。彼女らを交互に見やり、内心少しばかり客人を哀れんだのは、イゴール当人のみぞ知るところだ。

そんな折。まるでタイミングを見計らったかのように、何やら妙なテンションの音楽が鳴り始めた。これはそう、確かイルのお気に入りの通信販売とやらのテーマ曲だと聞いた気がする。


「あ、メールだ。……美鶴先輩? ……あー、やっば、心配かけちゃった。と、ラウンジ集合ってもしかしなくてもだよね……うー、ちょっと気が重いなあ」


ぶつぶつと一人ごちながら、取り出した携帯電話を何やら操作するイル。やがて息を吐いて携帯を閉じ、ポケットにしまい込んだ彼女に、エリザベスは満面の笑みを向けるのだった。


「では、さっそく今夜から始めると致しましょう。今宵、塔の中でお待ちしております」


応えるイルの笑みが引きつっていたことはきっと、言うまでもない。








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