かける、もの



「……後は荒垣先輩か」
「うん。見つかってくれてるといいんだけど……」


少しだけ戻ってきた緊張感。荒垣のことだからさほど心配はいらないだろうという思いに変わりはないが、とにかく無事であることを確認しなければ、イルの表情は晴れないだろう。

少しして。山岸達の元まで帰還した四人を出迎えたのは彼女達だけではなく、荒垣と天田の捜索に繰り出していたはずの桐条の姿もそこにあった。

が、同じく荒垣達の捜索を頼んだはずの、真田とコロマルの姿はない。その事実に、どこからかわきだし始めた嫌な予感を煽るかのように、真剣な眼差しのまま労いもそこそこに桐条が口を開く。

傍にいた山岸の表情もまた、堅かった。


「よくやってくれた。疲れているだろうが、荒垣の居場所が特定できてな。おそらく、天田もそこにいるはずだ。今、明彦とコロマルが先行している。詳しい話は移動しながらするとして、案内するからついてきてくれ」


口早に言い切った桐条は、言うが早いか返事も待たずに駆け出す。その様子に驚くよりも嫌な予感の方が強まり、梓董はちらりと傍らのイルを見やる。彼女もまた同じ思いなのか、不安げに桐条の姿を目で追っていた。


「え、ちょ、何が起きてるワケ!?」
「わかんないけど、とにかく行こう」


戸惑いは当然だが、それでもただならぬ空気を悟り、伊織や岳羽、山岸とアイギスもすぐさま桐条の後を追って駆け出した。それに僅か遅れたが、まだ離されたわけでもないため、残された梓董は今度はしっかりとイルを見下ろす。


「行こう、イル」
「……うん」


共に駆け出し先に走り出した皆に追い付けば、足は止めずにそのまま桐条が語り出す。先程口にした、移動しながら話をするとの言葉の実行だろう。先頭を行く彼女の表情は見えないが、その声はやはり堅い。


「荒垣の居場所に気付いたのは、私の能力ではなく、明彦の方だった」


正確には、気付いたのではなく、思い出したが正しいらしい。

……今日が、天田の母親の命日であることを。

彼の母親の死因は、公には事故とされているのだが、実際には違うと桐条は告げる。この活動に身を置く者としてはその時点で察しがついたが……影時間、が関係しているのだろう。

その推測は当然のように当たりで、桐条は二年前の今日、今と同じ影時間内の出来事を、悔しさを乗せた声音で語り始めた。

二年前。まだ桐条と真田、荒垣で活動をしていた頃の話。イレギュラーで街に現れたシャドウを討ちに行った皆の内、荒垣に軽い「力の暴走」が起きたのだという。当時の荒垣は、まだペルソナを得たばかりだったらしい。それに加えて敵を追うことに気を取られていたこともあり、その暴走に民家が巻き込まれてしまったのだと桐条は呟く。

その時に出てしまった犠牲者、それが……。

天田の、母親。

天田は自らこの活動に志願したと自身で言っていた。それはもしかしたら……。

突然知らされた話の内容に、その重みに、誰もが言葉を失う。まだ年端もいかないような少年が、その小さな肩に一体どれだけのものを抱え続けてきたのか。荒垣が、どれだけの重みを背負って生きてきたのか。

考えると、誰にも何も言えなかった。何を言っても、上滑る言葉にしかならないような気がしたのだ。

降りる重い沈黙。そこにただ皆の足音だけが響く中、唐突に……乾いた、高い音が紛れた。

風船が割れる音にも似たこの音は……。


「今のって……」
「銃声であります」


戸惑う皆の中、はっきりとアイギスが言い切る。つまり。


「っ、急ぐぞ!」


桐条の声に呼応して皆が足を早めるその足音に紛れて、イルが小さく荒垣先輩、と呟いたその声を、梓董は確かに聞き止めていた。







辰巳ポートアイランド。その路地裏に皆が辿り着いたその時には既に……。


「シンジ! おい、シンジ! しっかりしろ!」


悲痛なまでの苦しみを込めた真田の声が辺りに響き渡り、緑の暗闇を満たし続ける。赤と白のその後ろ姿は地にうずくまるようにしゃがんでいて、その隣ではコロマルが心配そうに佇んでいた。

少し離れた場所で立ち竦む天田の姿も、確認できる。

問題は。

しゃがみこんだ真田の向こう。投げ出された、人の足。

地面を、赤が、濡らしていた。


「そん、な……」


察するのは、容易い。何故なら投げ出された足が纏うその服には、見覚えがあるのだから。

けど。

認めることは、難しかった。


「っ!」
「イル!」


いち早く自分を取り戻し駆け出したイルを追う。真田の正面に回り込めば、否応なしに事実が現実が突きつけられた。


「あらがき、せんぱい……っ!」


じわり。足元に広がる赤が、どうしようもない焦燥感を沸き起こさせる。早鐘を打つ鼓動も、頭の中が真っ白になる感覚も、体の内側から先の方まですうっと冷えてゆくこの感覚も……覚えのないものだらけでどうしたらいいのかさえわからなくさせた。




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