かける、もの



山岸からの通信とほぼ時を同じくして、運命タイプのシャドウを覆っていた光の粒子が霧散する。高みの見物は終わり、というわけか。


「よっしゃ! あと一体、一気に……って、うおっ!」


意気込む伊織の出鼻を挫くかのように再び中空から降ってきたそれは、やはりというべきかまたあのルーレットだった。運命タイプの繰り出す技がこのルーレットだなどと、皮肉めいて感じられるが、どのみちすべきことは変わらない。

一応確認してみれば、今回は攻撃力と防御力のアップとダウンそれぞれに関わるようになっているようだ。


「さっき青に止まって敵に状態異常がかかったってことは、青なら私達、赤なら敵に有利な効果があるってことだよね」
「多分な。戒凪、ここは慎重に」
「ストップ」
「ちょ、おい! 人の話は最後まで聞けよ!」


岳羽と伊織の会話などまるで聞いていないとばかりにさっさと制止をかける梓董。慌てる伊織達をよそ目に、ルーレットは徐々にその回転スピードを減速させていく。

やがてその針が示した場所は、攻撃力アップの青色で。前回同様どこかへとルーレットが消えていくと同時に、何やら体の奥底から力がわいてくるような気がしてきた。


「わ、すごい……! 戒凪、もしかしてあのルーレットの法則みたいなのわかってるの?」
「いや、勘」
「……はは、戒凪らしいね」


尊敬の念に目を輝かせているイルには悪いが、法則も何も知ったことではない。たださっさとこの戦闘を終わらせるために、適当に素早く制止をかけているに過ぎないのだ。

つまりこの結果は全くの偶然、運頼りということになる。

それに何とも言えないような三つの視線が向けられるが、あまりぐだぐだ言っていても仕方がない。結果が良ければそれで良し。今はこの機に便乗して攻撃を叩き込むのみ。

そういうわけで全員で攻勢に転ずると、さすがに受け止めきれなかったのか、敵の動きが変化する。地に足を折り、バチバチと何かがショートするような音を響かせ始めたのだ。

おそらく、終わりは近い。

そう思ったのに。


「っ! また!?」


最後の悪あがきだろうか。二度あることは、とでもいうかのように再び落ちてきたルーレットに、ようやく見えてきた終わりが遠退いたことで岳羽と伊織から焦燥に彩られた声が上がる。

しかも今回のルーレットは……。


「あっ、こんなのズルイ!!」


皆の意見を代表して言葉にしてくれたのは、山岸からの通信だった。同様の声を上げる他の皆の目の前、そこに降ってきた今回のルーレットの目。それは一部を除き、全てが赤に彩られている。

青の目など、本当に一部分にすぎなかった。

敵もそれだけ追いつめられている、ということか。このイカサマじみたやり口も風刺なのかもしれないが、ともかく。確認してみたところ、今回盤に描かれていたのは何かが弾けるようなマークだった。

意味するものは何らかの状態異常だろうか。……わからないが、今回梓董が取る行動も、何ら変わることはなかった。


「ストップ」


賭事は負けを考えた時点でツキに見放されると、どこかで聞いたような気がする。その真偽のほどは梓董にはわからないが、どのみち彼が揺らぐことはなかった。

自信があるわけではない。ただ……退く気がないだけのこと。

単純な確率にすれば八〜九割方赤に止まるだろうイカサマルーレットを、皆が固唾を飲んで見守る中……やがて、ゆっくりと動きを止めていったそれが指し示した場所は。

青、だった。

鈍く重い衝撃音。ルーレットが消えると同時に辺りに響いたその音は、梓董達を襲ったものではない。発信源へとすぐさま目を向ければ、そこでは今まさに、あの運命タイプの大型シャドウが消えゆかんとしているところだった。


「敵の反応、消滅。お疲れ様でした」


山岸から今回の作戦の終焉を告げる通信が入り、皆詰めていた息を一斉に吐き出す。梓董は特段普段と変わりないが、他の者達にするといつもとは違った今回の戦闘スタイルは、普段と別の精神的負荷を来したらしい。伊織や岳羽はあからさまに疲れた、と惜しみなく態度に出していた。


「はー、最後のあれ、ダメージだったのかー。一歩間違えればオレら逆転ピンチだったかもな」
「本当。梓董くんのお蔭で助かったよ。何ていうか……すごい運だね」
「お前、ギャンブル向いてんじゃねえの?」


肩の荷が降りたからか、戻ってきた笑みを浮かべながら口々に告げる伊織と岳羽に適当に答えを返しながら山岸達の元へと向かう。終わった終わったと今までの緊張を解すかのように伸びをする伊織を横目に、梓董はさり気なくイルの隣まで移動し、そこを歩くことにした。

すぐに気付いたイルから、柔らかな微笑が向けられる。


「お疲れ様、戒凪」
「うん、イルも」


何気ない会話だけど、それをこうして交わせることが嬉しい。特別な言葉でなくても、体の奥の方をじんわりと満たしてくれるのは、やはり彼女の紡ぐ言葉だからだろうか。

顔を上げれば、しあわせとはこんなにも近くにあるものなのだ。

思っているより自分は単純にできているのかもしれない。そんな風に考えながらも、ただ一つ、まだ終わってはいないことも忘れてはいなかった。




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