かける、もの



決して侮っていたわけではない。……それは確かに今までに比べれば軽く考えてしまっていたところもあったが、だからと言ってもちろん油断していたつもりは更々なく。ただ……。

この事態は、予測していなかった。







《10/04 かける、もの》







今宵もやってきた満月。後三体を残すのみとなった大型シャドウだが、山岸の索敵により今回相対するのはその内の二体だと判明した。それはまあ確かに面倒だろうが、今までになかったことではないし、何を言ったところでやるべきことが変わるわけでもないので今大きく取り上げるべき情報でもない。問題は。

荒垣と、天田の姿が見当たらないということ。

山岸が言うには荒垣からは遅れるとの連絡があったらしいが、天田を捜しに行った伊織曰く彼も部屋にはいなかったとのことで。

……さすがにこの事態は全く予想していなかった。

前回が前回であっただけに、知らず荒垣に対する期待が高まっていたため、この穴は正直大きい。そうは言っても時は待ってはくれないもので、どこにいるとも知れない二人を捜している時間などない。とりあえず、大型シャドウの反応があったという巖戸台の駅前広場に着いてから前線メンバーを決めると桐条に言い渡され、皆はそこに向かい足を速めることになった。

その道中、隣を駆けるイルが、ふいにぽつりと言葉をもらす。その表情は珍しく懊悩するように沈んでいた。


「……ねえ、戒凪……。荒垣先輩、本当にだいじょうぶかな……」
「何が?」
「うん……。ほら、この前ちょっと一緒に外に出てきたでしょ? あのね、その時の荒垣先輩……どこか、おかしかった」


……おかしい?
誰よりもしっかりしていて頼りがいのある兄貴分な荒垣が、おかしかったというのはどういうことだろうか。あまり想像できるようなことではないが、それを語るイルの様子を見ると軽視していい話ではなさそうだ。

まあ、元より他の誰でもないイルの話なのだから、梓董が軽視するはずもないのだが。


「まるでこれから……ううん、縁起でもないから言葉にしちゃダメだね」


縁起でもない、と言葉を濁すということは、少なくともいい意味合いは含まれないわけで。……もしかすると生死に関わるような問題が、梓董達の知らない水面下で起きているのだろうか。

……いや、生死に関わる、などといったら大袈裟かもしれないが。


「……ごめんね。これから大変なのに、惑わすようなこと言っちゃって。……だいじょうぶ、だよね、荒垣先輩なら。後から合流するって、言ってたっていうんだし」


だから、だいじょうぶだよね。

もう一度呟くように紡がれただいじょうぶは、自分に言い聞かせているかのようで。その言葉から梓董が思考を広げている内にも、気付けば件の現場まで辿り着いていた。

……荒垣と天田の姿は、まだない。

真田も荒垣の不在を気にしているようだったが、今優先すべきは大型シャドウの撃破。少し離れた場所に、女性の姿を模したような大型シャドウと、犬の姿を模したような大型シャドウの二体の姿を視認できる位置まできて一度態勢を整えていると、もうすぐ動き出しそうな気配がすると山岸に急かされた。荒垣達を待っている時間は、ない。


「……美鶴先輩のペルソナは、後方支援も可能でしたよね」


問うというよりも確認の言葉。それは山岸が参入する以前の活動を思い返しながらの言葉だったが、かけられた本人は突然の切り出しに訝しむように梓董へと視線を馳せる。


「ああ、山岸にはかなり劣るが……」
「じゃあ、お願いがあるんですが、荒垣先輩と天田の捜索をして下さい」
「……は?」


何を言っている、と言わんばかりの疑問符を投げかけられるが、それに揺らぐ梓董ではない。ここに来ての唐突な指示、そしてその内容に、戸惑ったのは何も桐条のみに限らず、他の皆からも同様の視線が向けられた。

イルのその大きなアオイ瞳もまた、見開かれている。


「前回の順平のこともあるので、一応念のためにお願いします。何もなければそれでいいですし」
「しかし、作戦が……」
「前線メンバーは俺とイル、順平とゆかりでいきます。風花にはもちろんサポートに入ってもらい、彼女の傍にはアイギスに待機してもらいます。真田先輩とコロマルには美鶴先輩をサポートしてもらって、一緒に荒垣先輩と天田を捜して下さい」


作戦が優先なのはわかる。そのために手に手に武器を携えてここまで来ているのだ。だが、結局のところ大人数で戦闘に突入するのは色々と問題がある。それは例えば地形的な問題であったり、統率の問題であったり、被害を抑止するためであったりするわけだが、だからと言って前線メンバー以外の者達が揃ってただ待機している必要はない。何かあった時のために待機する者は確かに必要だが、それとは別の必要なことに待機メンバーを割けない理由はないはずだ。

ストレガという障害が表立って明白になっている今は、特に。


「あの、あたしからもお願いします。あいつらは絶対ちゃんと倒してくるので、だから……荒垣先輩と天田くんを、捜してください」




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