友達以上恋人未満



そして今宵もやってきた逢瀬の時。けれどいつもとは確かに違う空気というか雰囲気というかがそこにはあり。つまるところ、こういう時はこう言えばいいのだろうか。


「こんばんは、イル。えーっと、おめでとう、でいいのかな」


言葉の意味を理解できる説明を聞いた途端、目の前の白い少女はこれでもかと赤く染まり上がった。







《09/27 友達以上恋人未満》







一週間後に控えた満月。それに忠告と激励をしにファルロスが現れるのはもはや定番と化していた。それをいつものように梓董へと先に伝えてきたファルロスは、彼の纏う空気の違いに若干驚き、その理由を問うてみたことから話は始まる。


「よかったね、晴れて両想いだ」


冒頭の台詞に戻り、そして顔を真っ赤に染めたイルへと続ける言葉。梓董に話を聞いた時には驚いたが、どこか納得できたことも事実で。ファルロスにとってはどちらも大切な存在なのだから、二人が幸せならそれでいいのだろうと、そんな思いで視線を緩め口元に弧を描く。

それにイルは顔を赤らめたまま、僅かに眉尻を下げてみせた。


「確かにね、嬉しいのは嬉しいんだけど……でも、あたしじゃ戒凪に応えられないから」
「ああ、そっか。確かにイルと彼とじゃ存在から既に違うし……だけど、それって駄目な理由になるのかな」


違っても手を取り合いたい。傍で笑い合いたい。一緒にいたい。

そう思うのはいけないことだろうか。願うことは、許されないのだろうか。

……少なくとも、ファルロスはそう思いたくはなかった。イルも梓董も、彼にとっては大事な友達なのだから。

そんな内心を表すかのように少し視線を落としたファルロスに、イルは困ったような微笑を向ける。


「友達、なら多分ね、いいんだ。でも……それ以上は駄目だよ。あたしは戒凪と生きられるけど、戒凪はあたしとは生きられないから。どうあっても、ね」


そういうものなのだろうか。イルの言う、共に生きる云々の話はファルロスにも理解できる。確かに彼女は梓董と……いや、例えそれが梓董でなくとも、彼女が共に生きることはできるが、その逆となるとまず無理だろう。彼女は、そういう存在なのだ。

それもまた似ている、と、ファルロスは一人思う。友人はよくて恋人は駄目だという境界までは理解できなかったが。


「でも、それだと悲しいね。お互いが大切に想いあっているのに、近付けないなんて」
「……それがあたしが望んで残してもらった、あたしのすべてだから。あたしは、後悔なんてしてないよ」


戒凪には申し訳ないんだけどね。そう言って小さく笑うイルは、どこか切なげで寂しそうで。儚さすら覚えるその表情は、けれどアオの瞳だけ揺るぎなくて、彼女の言葉も揺るがせなかった。


「……ねえ、イル。今まで訊かなかったけど、イルって何者なのかな。僕と似ているけれど、同じじゃあない。終わりは知っているみたいなのに、過程は知らない。……どういうことか、訊いてもいい?」


それはずっと疑問に思っていたこと。口にしなかった理由は単に、イル自身が語ろうとはしなかったから。

無理強いする気は更々ない。かといって、教えてもらえるならもちろん聞きたいところではある。

むしろ端から見れば今まで訊かずにいてくれたことの方が驚嘆まではいかずとも感嘆ものだと思えるだろうから、この問い自体はいずれされる日が来ることなど想像に易いはず。今になってということの方が遅いくらいだろう。

そんなファルロスの問いに、戸惑う素振りを見せることのないイルは、覚悟だけはしていたのかもしれない。アオの瞳がゆっくりと伏せられる。


「……ごめん。それはまだ言えない。彼との約束だから」
「彼?」
「あたしに、路をくれたひと」


一瞬、梓董のことかと思ったが、それはどうやら違うらしい。イルの路、というのは今彼女がここにいるこのすべてを指すのだろうが、それを彼女に与えたとなると、誰が成したものかはわからない。彼女はあの青い扉をくぐる資格を得ているようだが、だからといってあそこに存在する彼らを示すなら順番が逆のはず。彼らは与えるのではなく、助力するに過ぎないはずなのだから。


「……ファルロスは彼に似てる。ううん、あたしは最初、ファルロスを彼だと思った。でも……ファルロスは、ファルロスなんだよね」


何の謎かけだろうか。彼が誰かもわからないのに、イルの言葉に答えようがない。


「ごめん。僕にはイルの言っている意味がわからないや」
「……ううん、わからなくて、いいんだ。あたしこそごめんね、わけわからないこと言って」


小さく、笑う彼女はやはりどこか寂しそうで。結局何一つ解決しないどころか、謎が深まったような気さえ起こしながら、それでも迫り来る時間はすぐそこまで忍び寄っていた。


「……いつか、イルが全部話してくれるその時がくるなら……僕も、そこにいられたらいいのに」
「……うん」
「じゃあ、またね。イル、元気で」
「ファルロスも」


手を振りながら、闇に溶ける。別れを見守る月は今夜も煌々とただ、輝いていた。








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