嵐が過ぎて
文化祭は中止になろうと、そのために行っていた準備の片付けはしなければならないもので。梓董達のクラスは三つの班に分かれ、それぞれ分担する箇所の片付けに取り組むことになった。
《09/24 嵐が過ぎて》
何が不服かと訊かれれば、それはもちろんイルと班が分かれてしまったことに他ならない。伊織や岳羽、アイギスの他に友近や宮本まで同じ班というある意味神業を見せてくれたというのに、何故イルだけ別の班なのか。鳥海に作為的な何かがあるわけではないにしろ、納得がいかないものは納得がいかない。
と、いうわけで。
「あ、イル、そこの釘抜きとって」
「あ、うん、はい。……て、ちょ、ちょっと! 戒凪、何でここにいるの!?」
「イルと同じ班が良かったから交換してもらった」
「うああああ……っ! そ、そう、デスカ……」
「うん」
さらりと当たり前のように返した梓董の言葉とその笑みに、イルが頭を抱えてうずくまる。銀糸から覗く耳が真っ赤に染まっているその姿に、梓董の笑みはより柔らかな深みを増した。
「いや、てか本当、アクティブすぎるよ、戒凪……鳥海センセにバレたらどうするの」
「別にどうもしないけど。多分面倒くさくなってスルーしてくれると思うし」
「あー……」
そうかも、などと納得気味に呟いたイルは、ようやく立ち上がると作業に戻り出す。展示物の片付け作業だが、手さえ動かしていれば口も動かそうと誰も気にしないようで、あちらこちらから談笑が聞こえてきていた。もちろん、内容までは気にしないが。
「そういえば、イル達の和装はどうなった?」
「あー、とりあえず先に二着だけ借りてあったんだ。ほら、雰囲気作りしておけばやる気も違うし」
「じゃあまだあるんだ?」
「うん。近い内に返しに行く予定だけど」
それがどうかした? 小首を傾げてそう問うイルは、とりあえずなるべく今まで通りに接してくれるよう心がけているらしい。だからといってもちろん告白する前の状態から何も変わっていないわけでは決してなく、梓董の行動如何では先程のように明らかに挙動不審になったりする。まあそれくらいの反応はしてもらえた方が嬉しいので、梓董としても今のところはこれ以上望むものはない。
あくまで、今のところ、だが。
「台風にやられて風邪引いたお蔭でこうして自覚できたわけだけど……だからかな。イルの和装、見たかった」
きっと浴衣とはまた違った印象を受けられるのだろう。そんな風に思いながら少し残念そうに呟けば、またもイルの顔が赤く染まり上がった。こういう反応をされると、梓董をすきだと言ったあの言葉は本当なのだと思えて胸の中が少しずつ暖かくなる。
「そ、そう。あたしが着ても大したものじゃないけど……。え、えーっと……返しに行く前、ちょっと着てみようか……?」
「うん、見たい。……ああ、なら返しに行くの、俺が付き合うよ」
「へ!? え、い、いいよいいよ、そんなの! わ、悪いし」
「俺が行きたいだけだから悪くないよ」
ね、と微笑めば当然のように折れるのはイルの方。少し強引だっただろうかとも思うが、そんな自分がいたのかと少し驚きもする。他人に歩み寄ることももちろんだが、自分を知ってゆくことも大切なことなのだろう、きっと。
何となく、今になってようやく自分の中の時間が動き出したような気さえする。いつから止まっていたのかは、わからないが。
「おーい、梓董、悪いんだけどこれちょっと支えててくれねえ?」
「ああ、うん、わかった」
奥で作業をしていたクラスメートに呼ばれ簡潔に答えを返す。少し名残が惜しいような気もするが、まあこればかりは仕方ない。班を変えてもらえただけ、今回は良しとすべきだろう。
「じゃあちょっと行ってくる」
「うん、行ってらっしゃい」
何気ない言葉。それこそ今の状況から考えれば大したものではないのかもしれない。けれどそれですら嬉しく思えるのだから、ひとをすきになるということは凄いと思う。
イルに笑いかけクラスメートの元に歩みゆく梓董がイルの和装を見、普段と違うその装いをまたいとしく思うまで、あと数時間。
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