距離、再設定



今日はどうやら、一日限りだけ映画祭の再演を行うことになっているらしい。と、いうことで。


「荒垣先輩と映画観に行こうと思うんだけど、イルも行かない?」








《09/23 距離、再設定》







例の話はあれで一応の決着が着いたことになるわけだが。すべてを元通りとするには気持ちも想いも認識も、以前とは違ってしまうから。ある程度イルからの対応がぎこちなくなるだろうことは想像に難くなかった。そしてそれは想像を裏切ることなく現実とし、避けるまではしないまでもどう接したらいいのか迷ってはいるようで、やけに落ち着きがなかったり傍目からも必要以上にそわそわとしていることが一目瞭然。彼女と仲のいい西脇や岩崎、後は接触の多い寮生達がかなり訝しんでいた。

その原因というか理由が梓董にあることなど少し見ていればわかりやすいもので、イルが問われた場合は言葉を濁していたようだが、あいにく梓董には隠す気など更々ない。事情を知った者の中にはやけに生暖かい目で見てきた者もいれば、何やら納得した様子の者もいたし、保護者よろしくな注意も受ければ、何故か複雑そうな反応をされたりもした。まあそのどれもが梓董やイルを想ってくれてのことなのだろうと思うと、何となく嬉しいようなくすぐったいような気持ちにもなるのだが。

ともかく。以前からイルが梓董至上主義であることは周知の事実だったわけだが、今ではそこに更に梓董の想いもプラスされ、周囲に認知されることとなったわけだ。妙な先輩面をして「お前にもやっと春が来たか」などとへらへら笑っていた伊織を心底うざいと思ったのは、本人にも伝え済みだったりする。

まあそんなこんなでイルの羞恥は深まる一方だったらしい。自分は散々爆弾発言を投下しておいて何を今更と思いはするが、それより何よりまずは以前のように気兼ねも気負いもなく接して欲しいと望むわけで。完全に今まで通りといって欲しいわけではないが、それでも会話は自然な形を願うし、いつもの笑顔だって見せて欲しい。わがままな願いかもしれないが、それでもそんな理由から足掛かりが欲しくて持ち出したのが、この映画祭だった。

さすがに二人きりで行くには逆効果になるだろうことは想像に易く。誰かに仲介してもらえればと思った先で白羽の矢が立ったのは、今日時間がとれると言ってくれた荒垣だった。

察した瞬間、彼は間違いなく思っただろう。

いい迷惑だ、と。


「……なあ、俺がいる意味あんのか、これ」
「ありますよ。もちろん」
「じゃあ質問変えるぞ。俺じゃなきゃいけねえ理由はあんのか」
「ないですね」


帰りたい。
今日、映画祭に行かないかと誘ってきたのは梓董の方。一日限り再開するという情報は知り得ていたが、そのテーマまでは知らない荒垣は、まあどうせ暇していたしと軽く受けた。……ことが、そもそもの間違いだったのだ。

荒垣が誘いを受けた直後、梓董は何故かさっさと携帯を取り出し、そしてどこかへとかけだした。誰に電話しているのか荒垣が疑問に思うのも束の間、誘いを受けたことを後悔するのはすぐ後のこと。

梓董が電話をかけた相手は、イルだったのだ。

少し前からの梓董の変わりようも、彼の想いも、同じ寮生だからといった状況から知り得ていた荒垣は、呼び出され現れたイルの姿を目にした瞬間、強く思う。いい迷惑だ、と。

もちろんそれは梓董の意図するものをわかったからこそなのだが、もう拒否権は認められないらしい。どこか気まずい空気が流れる中、この微妙な面子で映画館に向かうことになるのだった。

……何となく、以前天田と荒垣と共にタルタロスの探索をすることになった時のイルの気持ちがわかるような気がする。ベクトルは違えど、このくらい気まずかったのだろうかと思うと、今更ながら少し申し訳なく思った。

まあ、そうこうしていても時間は平等に過ぎてゆくわけで。気まずかったのも映画が始まるまでの話。映画を見始めればいつの間にやらのめり込んでいたらしい荒垣は、映画が終わり外に出た時には気まずさよりも別の感情に支配されていた。


「……川。川に……流されて……」


今日のテーマはワンニャン王国。小さな動物達が精一杯に生き抜く姿を描いた作品を取り扱った上映だった。

柄ではないと思ってか、最初こそ僅か引き気味だった荒垣は、けれど鑑賞後にはどこか放心気味にそう呟き。その目尻に、うっすらと涙らしき雫が浮かんでいるのを梓董は見逃さなかった。涙もろいというか影響を受けやすいというか感性が豊かだというか……。とにかく、いい人だと梓董は思う。いい人で面倒見がよくて頼れる兄貴が荒垣に対する認識だ。

いまいちそこまで感銘を受けきれなかった梓董だが、それでもこの映画でそこまで感動できた荒垣は随分と清い人間なのだろうとは思えた。と、そんな当の本人はと言えば、映画の余韻尽きないまでも、その姿を梓董達には見られたくないのか、くるりと身を翻し二人に背を向ける。


「悪ィが、先に……帰る」




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