キミ、オモフ



「でも今は、誰かを……イルをすきになれたってことで、充分だとも思うんだ」


すぐに欲しくなってしまうかもしれないけど。その時はまあその時に考えよう。そう完結して、そこは口には乗せなかった。




「イルが何て言おうが、俺はやっぱりイルがすきだから。諦めるつもりなんて更々ないよ」




決意を表すように、イルを抱きしめる腕の力を少し増す。気のせいでなければ、腕の中にすっぽりと収まった小さな体は、小刻みに震えているようだった。


「イルが応えられなくても……俺が、イルを想うのは自由だと思うんだ」


応えられなくとも梓董のことがすきだというイル。ならば、応えてもらわなくともイルを想うくらい、梓董にだって許されていいはず。


「イルはそのままでいい。俺が変わるから。……少しでも変われればいいと、今なら思うんだ」


イルを中心に、せかいをより鮮やかに。踏み出せばそう、色がつくのだと知ったから。そのせかいを、少しずつ広げていけたら……いや、広げていきたいと思うから。

ゆっくりと、イルの体を離してゆく。そうして見下ろした彼女は静かに俯いていて。秋の鮮やかな橙を弾かせる銀糸がただ、きらきらと眩しかった。


「……戒凪は、それで、いいの? 後悔、しないの?」


震える、小さな声。それが縋るようにも……期待するようにも聞こえてしまったのは、少し都合が良すぎるか。


「しないよ」


後悔なんて後で気付くから後悔なわけで、今から予想がつくようなものじゃない。だけど。……今ここで諦めた方が、よほど後悔することならわかっているから。微笑を浮かべて答えれば、イルは緩々とようやく顔を上げてくれた。

まだ少し苦しそうなその表情は、けれどまっすぐに梓董を見上げてくる。


「……ありがとう。応えられないくせに、すごく嬉しいなんて……ごめんね」


悲しそうな切なそうな、けれど言葉通りどこか嬉しそうにも見えるはにかむような笑顔。その表情もかわいいと思ってしまうが、やはり彼女にはいつものように賑やかに笑っていて欲しいと思った。


「でもね、でも……この先、戒凪にその、あたし以上に大切な人ができたら……あたしのことは迷わず忘れて。お願い、します」


せめてもの願いなのだろう。絞り出すように告げるイルの言葉は、今の梓董には想像もできないもの。イルよりも大切な人ができることも、それで彼女のことを忘れることも、全く想像できなかった。

だけど、そう。彼女は言ったのだ。

この先、できたら、と。ならば、できなければ気にしなくていい話ではないか。

そんな屁理屈じみた思考を浮かべ、一人それで納得する。そう考えれば、彼女をこれ以上苦しめなくても済むのだから。


「……わかった」
「……ありがとう」


ほっ、と。ここで初めて彼女から安堵の息がもれたことに、梓董も小さく安心する。何が解決したかと訊かれれば、解決なんかしていないようにも思えるが、それでもこの想いを否定しきられなかっただけ良かったとも思えた。……今は。


「あ、えと、泣いちゃったりしてごめんね。……あたし、ちょっとその辺で顔洗ってから帰るから、戒凪は先に帰ってて。……そうだ! 夕飯はどう? 普通に食べられそう?」
「うん。もう大丈夫」
「そっか。……良かった」


じゃあ、また後でね。

そう言い残して駆け去る彼女はいつものように慌ただしく、梓董はその背に眩しそうに目を細めた後、ゆっくりと寮への扉を開くのだった。








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