キミ、オモフ



イルはそんな梓董を見つめたまま、少しして一度視線を落とすと、やがて意を決した様子でゆっくりと確実に梓董の方まで歩いてくる。その歩みに、どくり、と、心臓が跳ねたような気がした。


「あ、あの、朝は、ごめん……。風邪はもうだいじょうぶ?」
「うん。ああ、お粥、ありがとう。おいしかった」
「え? あ、そ、そっか。良かった」


どことなく空気が重い。躊躇うように、困ったように、視線をあちこちに向けるイルに、梓董も改めて何を言えることもなくただ黙る。こういう時は、何を言えばいいのだろう。


「あ、あの、ね。き、昨日の、こと、なんだけ、ど」


ゆっくりと切り出す彼女の言葉は逡巡からか緊張からか、妙に途切れ途切れで聞き取りにくい。それでも梓董は、それをただしっかりと漏らさず聞き続けた。


「昨日の……あれは、戒凪、覚えている、のかな……?」
「あれって、イルを好きだって言ったこと?」
「っ!」


思い至ったことを口にすれば、問いかけてきたのは彼女の方だというのに、その顔が照らしつける夕日に負けないほど面白いくらい真っ赤に染めあがる。手応えとかはわからないが、それでもこの反応を見る限り、嫌がっているようではないと取るのは果たして自意識過剰だろうか。

顔を赤く染めたままのイルは、困ったように眉尻を下げ、更にわたわたと忙しなく視線を移ろわせだす。その仕草もかわいいと思ってしまう辺り、やはり自分は彼女に惚れているのだろうと再認識できた。


「あああ、あのねっ、ああ、あたしなんかのどこを戒凪がその、す、好きになってくれたのか、わ、わかんないんだけど……戒凪には、もっといい子がいると思うよ、うん!」
「それでも俺にはイル以上は考えられないよ」


さらりと何て大胆な発言を放つのか。自覚と共に遠慮のストッパーも外れたらしい梓董の言葉に、イルの動きがぴたりと止まる。そうしてやっとこちらを見上げてきたアオは、不安や悲哀や痛苦を織り交ぜたような、苦しそうな色を宿し、小さく揺れていた。

胸が締め付けられるほどのその切ない眼差しに、思わず僅かに息を飲む。


「……本当はね、あたしも、戒凪のこと、すきだよ。誰よりも何よりもだいすきで……いとしいって思える相手、あたしの方こそ戒凪以上は考えられない。でも、でもね」


泣いてしまうんじゃないか。そう思わせるほどに苦しげに歪むイルの表情は、けれどその瞳から雫が零れ落ちることはなくて。

思わず抱き寄せたい衝動に駆られるが、触れてしまえば消えてしまいそうにすら思えて逡巡してしまう。




「“あたし”じゃダメなんだ。“あたし”は、キミに応えられない」




ごめんなさい。

目を伏せる彼女を見下ろす自分は今、どんな表情を浮かべているのだろう。自分の気持ちすら満足にわからないのに、それでも言葉だけは浮かんでくる。まるで脳を介していないかのように、考えるより先に吐いて出る言葉はきっと、何よりも正直なのだと思えた。


「……ファルロスがこの前、変わらないものと変わるものの話をしたんだ」


ぴくり。目を伏せたままの彼女の肩が揺れる。


「イルは、変わる? ……俺のこと、すきじゃなくなるのかな」
「っそんなことないっ! あたしは……っ、それでも、あたしは……っ」


勢いよく顔を上げた彼女の表情はいよいよ歪み。

ぽろり、と。透明な雫が、アオから落ちた。




「それでもあたしは……っ、戒凪が、すきです……っ」




泣きながら、苦しそうに。酷く酷く切なそうに顔を歪めるその姿は、泣かせたくなんかなかったはずなのに、夕日に照らされてきらきらととても綺麗に思えた。

愛しい、愛しい、いとおしい。

今度はもう、躊躇わない。

引き寄せて抱きしめた彼女の体温は相変わらず低くて、けれど……。

消えることは、なかった。


「じゃあ、俺も変わらない」


抱きしめて肩口に顔を埋める。柔らかい感触がやけにリアルで、離したくない、なんて……強く、思った。


「イルが俺をすきだと言っても、俺のすきには応えられないっていうその理由はわからない。だから知りたいとも思う」


それだけじゃない。

本当は、彼女が隠している彼女の背負っているものも、彼女自身のことだって、知りたくて仕方がないと強請る自分が確かに存在しているのだ。

……すき、は、もしかしたら知りたい、にも繋がるのかもしれない。自覚して自分のこころと向き合えば向き合うほど、彼女に対して我儘になる自分が顔を出す。だけど。

話すよ、絶対。

そう告げた彼女の言葉を、信じたいとも思うのだ。他でもない、彼女の言葉なのだから。




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