キミ、オモフ



目を閉じる前、働かない思考の中でではあるが言葉として漏らした思いの数々を、意識のはっきりとした今でもきちんと覚えている。今ならもう言えなくなってしまっただろうそれを、あの時口にできたのは、やはり偏に熱が手伝ってのことだと思えた。

とはいえ、もう口にして自覚してしまえば何に躊躇う必要もない。ある意味開き直りかもしれないが、気分はとても……今までになく、晴れやかだった。

答えを得る不安よりも、誰かを想えるしあわせが先にくるなど、おかしいのだろうか。経験なんてまるでなく、はじめて詰めた距離感もやはりわからない。

でも。


「……おはよう、イル」


繋がれたままになっていた手が、この上ないほど嬉しかったのだから、今はそのしあわせを噛み締めたいと、そう思った。







《09/21 キミ、オモフ》







「生還、おめでとうございます」
「ありがとう」


まずあれだ。結論から言えば、逃げられた。

目覚めてすぐにおはようと告げた梓董に、それだけで顔を真っ赤に染め上げたイルは、かなりどもりながらおはようと辛うじて返すと、共にいたらしいアイギスに後を任せ、荒垣を呼んでくると部屋を飛び出していってしまったのだ。他の誰でもなく荒垣を指名した辺り、彼の人望がよくわかる。さすが頼れる兄貴分だ。

とにかくそうして今に至るわけだが、他者の体調を見抜ける機能まで搭載しているらしいアイギスにも太鼓判を捺され、梓董の快復は二日越しに果たされた。少しして部屋にやって来た荒垣に、イルと何かあったのかと不思議そうに問われたが、とりあえず今は適当に流しておく。それから彼の持ってきてくれた……調理者はイルらしいお粥を食べ、念のため薬を飲んだ後、梓董は荒垣に礼を言い支度を済ませラウンジへと降りていった。


「あ、梓董くん、もう大丈夫なの?」
「いやー、まさかホントに風邪引くとは、オレッチもびっくりしたぜ」
「うん、大丈夫。ありがとう、ゆかり、順平」
「え!?」


ラウンジに降りてすぐにこちらに気付いたらしい岳羽と伊織が駆け寄ってきて、口々にそう声をかけてくる。それにふわり、笑って返せば、二人から物凄く驚いたような声を出された。目がこれ以上ないほど見開かれている。


「ちょ、戒凪、どうしちゃったワケ!? まだ熱あるんじゃねえ!?」
「……少し、近付きたいと思って。みんなと、ちゃんと向き合いたいんだ」
「梓董くん……」
「くぅ〜っ! おっそいんだよ! オレッチなんてもうお前のこと親友だって思ってんだぜ!」
「あ、そこまではいいや」
「なんでだよ!?」


あからさまに嬉しそうな伊織はもちろん、岳羽もどことなく嬉しそうに微笑んでいて。感極まった様子の伊織を軽く流しながらも、こそばゆくも何だか心地の良い何かを感じるような気がしていた。少しの心持ちの変化がせかいを明るくしてくれることも、今やっとわかったような気がする。


「あ、梓董くん。快復、おめでとうございます」
「ありがとう、風花」
「えっ!? ええっ!?」


一歩遅れてやってかた山岸もまた、岳羽や伊織と同じ反応を返してきたことが面白くて。そのまましばらく皆と会話を弾ませてみる。多分きっとこれが、はじめてちゃんと皆と向き合っての会話になるのだと思うと、何だかとても楽しかった。



ちなみに。桐条は美鶴先輩と呼び方を改めてみたが、天田は何となく乾とは呼びにくく天田のままにさせてもらい。残る先輩二人についても、アッキー先輩、ガッキー先輩と呼んでもいいかと訊いてみたところ残念ながら許可が下りなかったため、今まで通り名字に敬称で呼ぶことに決まった。



そうこうしている内に迎えた夕方。結局あの後イルに会うことは叶わず今日を過ごしていたのだが、二日ぶりに外に出て気分転換も兼ね街中を散策してきた梓董が寮に帰宅すると、その入口の前でそわそわと落ち着きなく動き回る一人の人影を見つけた。夕日の橙に染められた白いその姿を、梓董が間違うはずがない。彼女は……。


「イル」
「っ!」


びくり。ただ声をかけただけだというのに、面白いくらいに彼女の肩が跳ね上がり、次いで恐る恐るといった様子でゆっくりと振り向かれる。銀糸の髪が、夕日に照らされきらきらと輝いていた。


「戒凪……」


会いたくなかったのか、会うのが単に気まずかったのか、どちらにしても避けられていただろうことは容易に想像がつく。確かに彼女は梓董を何よりも優先する傾向にあるが、だからといって梓董の想いを受け入れられるわけではないのかもしれない。

そう思うと少しだけ鳩尾の辺りが重たくなったような気がしたが、その感情もよくわからなかったため、言葉にも行動にもすることはできなかった。




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