自覚、始まり
「きづいたら、たにんとのつきあいかたとか、よくわからなくなってた。きょりかんもつかめなくて、あいてのきもちとか、わからなくて」
どうでもいい、は、他人に興味のない証。けれどそれと同時に、自ら一線を引くことで、他人と自分を乖離し自分のせかいを守る術でもあるのだ。
わからないから踏み込めないのは、踏み込まなければわからなくても大丈夫だから。どうでもいいで隠してしまえば、踏み込む必要も踏み込まれる必要もなかった。楽だったのだ、きっと、とても。
だけど、だけど今は。
「でもいまは……すこし、わかるきがしてる。たにんとどうつきあうかじゃなくて、どうつきあいたいのか」
欠けていたのは多分、温もりや愛情などではなくて、自分の意志。他人の想いだけじゃない、自分の想いすら確かではなかったのだ。
ゆるり、と見上げる先では、ただまっすぐにイルがこちらを見つめていた。暗闇でもわかるアオが、なんだかとても、きれいに思える。
「おれ、イルが、すきみたい」
ああ、そうだ。そうなのだ。
向き合ってみればそう、簡単なこと。わからなくしていたのは、無意識下の臆病な自分。
イルが、すき。
口にすればすとんと胸に落ちてきたそれこそが、ずっと抱えていたこの感情の名前なんだ、と。気付いたことで、何だかとても胸の奥が暖かくなる。
ふわふわと暖かいような、それでいて泣きたくなるような切なさ。胸の奥が締め付けられるようなこんな苦しささえも、誰かをいとおしいと想う気持ちなのだと、彼女が教えてくれたのだ。
「いまさらだけど、たぶん、あのモノレールでのときからずっと、おれはきみにひかれてた」
たとえば、触れた手の、体温の少し低い温もりだとか。
たとえば、屈託なく笑うその笑顔だとか。
見返りも求めない、同情からでもないまっすぐな心配や好意が、あの時からきっと既に自分の支えになっていたのだと、今ならわかる気がしていた。
手を伸ばした先でこの手を掴んでくれる人がいること。何も言わずとも傍にいて支えてくれる人がいること。それは当たり前なんかじゃなく、尊いことで、だからこそ大切なことなのだ、きっと。
今この手を握ってくれているのが、彼女でよかった。
そんな風に思いながら、ゆっくりと目を閉じる。体力回復のために体が睡眠を欲しているのだろう、何だかとてもだるかった。
「……イル、ありがとう」
何に対しての感謝かなんて自分でもわからない。でも自然と口から吐いて出たその言葉は、どうしても伝えたかったものなのだと、どこかでそう思った。
「おれ、みんなにもうすこし、ちかづいてみようとおもう。それがどういうことかとか、まだよくわからないけど……でも、だいじょうぶだとおもうんだ、きっと」
君がいるから。君が傍にいてくれていると思えば、きっと大丈夫。
色は今もなお、鮮やかに広がり続けているのだから。
この手が離れないよう願いながら、沈んでゆく意識を受け入れる。聞き手に徹していたイルがどんな表情を浮かべていたかはわからないけど、四月に入院した時の岳羽の気持ちは少しわかった気がした。
彼女も、もしかしたら誰かに知ってもらいたかったのではないだろうか。普段は強がっているが、それでも自分が背負っているものを吐き出す場所を、望んでいるのかもしれない。
それを梓董に対してなのかはわからないが、梓董は間違いなくイルに知って欲しかった。知ってどうして欲しいというわけではなく、ただ自分のことを知って欲しい。自己満足に過ぎないとは、わかっていても。
再び目が覚めたその時は、今の関係は変わってしまうのだろうか。わからないけれど、今は繋がれたままのこの手の温もりが、確かだった。
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