プロ



この寮に戻ってきてからというもの、夜間に外出する機会が極端に減ったことは善しか悪しか。真田辺りからすればそれは間違いなく善しだろうが、自身としては今までの生活から考えると少しばかり居心地に違和感を覚えることは否めない。

そんな荒垣は今日もまた、率先して皆の輪に入るでもなく一人、適当に時間を過ごしていたのだが。


「っと、あ! 荒垣先輩! ちょっと訊きたいことがあるんですけど」


ぱたぱたぱた。ラウンジ奥のカウンター向こうから、おそらく夕食作りでも始めていたのだろうイルが、青いエプロンを着けた姿で駆け寄ってきた。







《09/11 プロ》







多分、というよりもまず間違いなく。自分は同世代の者達には一線置かれがちだと思われる。自分からも他者と一線引いているのは自覚があるが、それはそう、怖がられている、のだろう。

お世辞にも柄がいいとは言えない態度を取る自覚もあれば、余計なことをべらべらと喋る気質にないことも自覚がある。加えて喧嘩の腕も立てば、登校とてほぼしていないのだ。怖がられる要素なら簡単に思い付いてしまう。

だからこそ荒垣には不思議だった。

同世代の、しかも女子が、全く気後れした素振りもみせずに自分に笑いかけてくる、その姿が。


「……変わってんな、お前も。フツー、俺なんかに進んで声かけたりしねえだろ」
「へ? 何でですか?」
「何でって……」


きょとん。心底不思議そうに首を傾げる白い少女、イルは、荒垣の言葉の意味をまるでわかっていないようで。思わず、拍子抜けしてしまう。

わかっていないならこれ以上言っても仕方ないだろう。そういえばこの少女は初めて会った時からそうだったなと、まださして時間は経っていないはずだが、随分昔のことのように遠く思い返し息を吐いた。


「まあいい。で、ピーマン、だったか」
「はい。実は天田くんがこっそり弾いてるのに気付いちゃって。細かく刻んでみたりもしたんですけど、バレるとやっぱり弾かれちゃうんですよね」


一昨日の夜、夕食作りに励んでいた彼女らに、ちょっとした……に含んでいいかは怪しいが、とにかく理由があって手を貸したのが悪かったらしい。実は料理が得意だという、趣味も兼ねたその事実がイルや山岸に知れてしまったのだ。……まあ、大袈裟にするほど知られたくなかったことではないが、とにかく。そういった経緯から、今のイルの問いかけに繋がる。

すなわち、ピーマン嫌いの子供にピーマンを食べてもらうにはどうすればいいか、だ。

子供の内の好き嫌いは時間が解決してくれるという説もあるようだが、あれは往々にして眉唾だと思う。無理に食べさせることが良いとは決して言えないが、だからといって食べれるようになるに越したことはない。小さい頃から好き嫌いばかりしていると、大人になった時に円滑な人間関係を築くことができないと、いつかどこかで聞いたような気がするが、果たしてそれは事実だろうか。


「細かく刻むってのも一つの手段だろうが、後はそうだな……ピーマンを切ったときの白い部分が苦味だっていうのは知ってたか?」
「へ? そうなんですか?」
「それをしっかり取るか取らないかで大分違うぞ」
「へー、なるほど。そうなんだー」


料理はちょっとした一手間で味が大分変わるもの。料理は愛情と聞くその愛情が示すのはおそらく、その一手間のことなのだろう。


「ありがとうございます。あたし自身、ピーマンの苦味嫌いじゃなくて、あんまり考えずに使ってたんですよね」
「まあ、ピーマン嫌いは子供の嗜好の鉄板みてえなもんだからな」
「あ、なすもみたいですよ」
「ああ、あの食感が駄目らしいな。腐ったもんって認識しちまうらしい。あれは輪切りにして揚げるとかして、食感をよくしてやればいいって話だ」
「あー、なるほど。ぐちゃぐちゃが駄目なんですね」


勉強になります。そう言ってへらりと笑う彼女に、大したことじゃねえとすぐさま返した。あまり良く見られると、少しばかり落ち着かない。慣れていないのだ、こういう空気には。


「あ、ちなみに、ピーマン嫌いな子でもいけそうなレシピって何かありますか?」
「そうだな……。むしろそのまま使って肉詰めなんかにしたらどうだ? チーズとか乗せれば子供好みになるだろ。ピーマンは焼かずにくたくたになるまで蒸してやれば、もっと食べやすくなるはずだ」
「そっか。ピーマンだってわかって食べて食べられたら、あ、何だ、ピーマンくらい楽勝だって思ってもらえるかもしれないですもんね!」


まあ、克服の足掛かりくらいにはなるだろう。そう思う荒垣に、イルは丁度挽き肉もあるしと笑って頷いた。


「ありがとうございます、荒垣先輩! また何かあったら訊いてもいいですか?」
「そうだな……。構わねえさ」
「ありがとうございます! よし、じゃあ早速今日の夕食作り始めてきます!」


律儀に軽く頭も下げ礼を告げたイルが台所に戻ってゆけば、ややあって騒がしく階段を降りてくる足音が響いてくる。どうやらその音の主は山岸だったらしい。遅れたことを謝りながら慌てて台所に入っていく彼女に、イルは笑って応えていた。

あまり長くこの辺りにいると、またつい手を出してしまいかねない。別に荒垣自身それが嫌なわけではないし、イルや山岸も荒垣が手を貸した時には驚きながらも喜んでくれたが、山岸の料理教室も兼ねているというのだ、イルが付きっきりで教えている邪魔をすべきではないだろう。例え彼女らが邪魔だと思っていなくとも、だ。



今日荒垣が教えたピーマンレシピで作った肉詰めを天田が食べてくれ、おいしいと言ってくれたことにイルが荒垣へと喜びサインを出すのはそれから数時間後のこと。それを照れくさく思いながらも、こういうのもいいかもしれないと荒垣がひそりと思うのもまた、数時間後のことだった。








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