彼女の家族



「その、なんだ。……悪かったな、琉乃が騒がせたみたいで」


巖戸台。いつもの場所にいた早瀬を見かけ声をかければ、彼は照れくさそうに、少しバツが悪そうに、ぽつりぽつりと切り出した。

どうやら彼の母親は無事退院することができたらしい。部の皆や……中でもやはり入峰が率先してできることを手伝ってくれたお蔭で、好きな剣道もほぼ変わらず続けることができたと語る彼は、照れくさそうな中にも嬉しそうな響きを宿していた。以前は部に馴染めなかった彼も、今回のことで色々と考えを改めたようで、今ではすっかり部活を楽しんでいるらしい。変わった彼の姿を、誰よりもきっと入峰が喜んでいることだろうと、梓董はどこか遠く思った。

とにかく多少は落ち着けたなら良かったとそう答えて、そこでふと思い出す。彼が落ち着いたら訊いてみたいことがあったのだ、と。


「早瀬、少し、訊いてもいいか?」
「何だ、改まって」
「……入峰さんのことなんだけど」


切り出せば、早瀬は少しだけ驚いたような表情を浮かべてみせたような気がした。







《09/10 彼女のかぞく》






「……琉乃に、姉?」


問いかけた内容を要約し反芻する早瀬は、訝るように眉根を寄せる。彼が入峰の事情を知らないはずはないだろうから、この問いへの警戒にも似た感情は理解できた。


「入峰さんと似た境遇の子が……知り合い、にいて、どことなく雰囲気のようなものが似てるからちょっと気になった」
「……ああ、なるほど」


呟くように紡ぎ頷いた早瀬は、納得してくれたのか視線を落とし言葉を続ける。


「あいつに血の繋がった兄弟がいるかは多分、あいつ自身も知らないと思う。……でも、そうだな……。もし本当に兄弟なら、会いたいと思うんだろうか」


これはきっと、他人の介入は難しい話。入峰が早瀬を大切に想うよう、早瀬もまた入峰を大切に思っているのだろう、尚更難しそうに眉根を寄せていた。


「……梓董、この話、もう少し待ってくれないか? ……結果がどうあれ、俺はあいつが泣くのを見たくはない。だから……」
「……わかった」
「……すまない」
「謝ることじゃないだろ」


真摯に見つめてくる早瀬の気持ちは梓董にもわかる。梓董とて下手に踏み込んでイルを傷つけたくはないから、こうして早瀬に相談したのだから。

……そう、傷つけたく、ないのだ。イルを。彼女には笑っていて欲しいと、そう思うから。

何故彼女のことになるとそうまで気にかかるのか、最近になってようやく少しだけ見えてきたような気がする。多分きっとこれは、この感情は……。


「そういえば、梓董。最近琉乃の奴、おまえの話ばかりするようになったんだ。それはもう楽しそうに梓董さんが、梓董さんが、ってな。兄貴分としては少し寂しい気もするが、元々内気なあいつが俺以外の誰かのことをこうして話すようになったのはいい傾向だと思う。……これからも仲良くしてやってくれ」


話題を切り替え、改めて切り出された早瀬の話。それは奇しくも以前入峰の方が梓董に頼んだ言葉と全く同じで。なるほど、兄弟とはこういうものなのかもしれないと、一人っ子である梓董は少しばかり羨ましいような気もした。

……まあ、今の梓董には兄弟愛的な意味合いではないにしろ、気にかけている人物がいるのだから、少しは彼らに近付けているのかもしれないが。

そんなことを思うのもきっと、変わってきている証なのだろう。早瀬の言葉に頷きながら、彼の変化のことばかり言えないな、などと、小さく思った。








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