兄貴と賄い屋さんと



「ほら、頼まれたもんだ。これで足りるか?」
「わ、ありがとうございます〜」


夕刻。寮のラウンジ奥の台所に足を運んだ荒垣は、手にしていたビニール袋をそこにいたイルへと手渡した。

荒垣はまだこの寮に復帰して日が浅いが、復帰した時に聞いた話によれば、寮生達……それも天田やコロマルも含んだ皆の夕食を、イルと山岸が賄っているとのこと。予定がある日は要事前連絡と告げられたが、それにしても夕食のみとはいえ毎日毎日全員の食事を賄うなど大変だろうにと、内心感心する。どうやら山岸のための料理教室を兼ねてのことらしく、最初は悲鳴やら皿が割れる音やらに驚かされた荒垣だったが、他の皆はもう慣れているらしく涼やかなもので、出される料理は至って普通のものだから、その内には荒垣も慣れてしまった。

……というか、上達しているのだろうか、山岸は。

そんな荒垣の思考を知らず、今日もまた騒がしく夕食の準備が始まるのだった。







《09/09 兄貴と賄い屋さんと》







夕食をイルと山岸が請け負う代わりに岳羽はその片付けを手伝い、桐条は材料費などを負担する。そして残った男性陣は買い出しをしてくる、といった役割担当が出来上がっているらしい。最近、伊織や真田は拘束したストレガの少女のことで忙しいようで、今日はたまたま手が空いていた荒垣が男性陣の代表としてその任を果たしてきたわけだが。

ちらり。見えた調理風景は、山岸の手元さえ除けば安定した手慣れたもので。それはつまり、イルの料理の腕のほどを示しているということ。


「……アイツのことだ、適当なもんばっか食って栄養偏らせてんだろうって思ってたが……そうでもねえってことか」
「へ?」
「俺がここに来る前からずっとやってんだろ、それ」


カウンター越しに視線で問えば、イルと山岸の目が瞬かれる。用は済んだのだからさっさと立ち去ると思われていたのか、それとも声をかけられるとは思っていなかったのか、おそらくその両方だろう。ぽかん、という擬音が似合いそうな表情を揃って浮かべられ、少しばかりバツが悪くなる。

何でもない、その一言で打ち消そうとしたその空気は、しかしすぐにへらりと笑ったイルにより自然と持ち直すことになった。


「来る前って言っても、まだ日は浅いですよ。それに色々用事があったりもして、なかなか毎日とはいってませんし」


ね、とイルが同意を求める先にはもちろん山岸の姿がある。彼女はそれに慌てた様子で頷き応えていた。


「……そうか。まあ、何にせよ、アキに限らずみんな助かってるだろうな。料理しそうなヤツなんていねえだろ、ここ」
「そうですね……。んー、戒凪はできるみたいですし、岳羽さんも簡単なものなら作れるとは言ってましたけど。……って、アキって真田先輩のことでしたっけ? さっき荒垣先輩が言ったアイツって真田先輩のことですか?」
「あー……」


喋りすぎたか。動かす手は止めないながらも、小首を傾げ不思議そうに問うイルに、参ったと思わず頭を掻いてしまう。まあ別に隠すようなことでもないのだが。


「まあ、何だ。腐れ縁みてえなもんだ。……アイツ、放っておくとロクなもん食わなそうだしな」


牛丼、とか。牛丼が悪いとは言わないが、毎日のようにそれでは栄養が偏って仕方ない。やはりこうしてきちんと賄ってもらえるというのはありがたいことこの上ないだろう。育ち盛りでもあるのだから、余計に。

そんな思いを抱く荒垣に、イルはまたも目を瞬き。それから口元に小さな微笑を浮かべてみせた。


「仲いいんですね」
「……別にそんなんじゃねえよ」
「でも、心配してくれる人がいるって、嬉しいことですよ」


告げる彼女の眼差しがあまりにも優しいものだったから。

そうか、としか答えられなかった。

……きっと彼女は知っているのだろう。自身の言う、心配してもらえる喜びというものを。

何だか今日はやけに饒舌に喋ってしまった。会話に一段落ついたところでそう思い至った荒垣は、らしくないそれに何をやっているんだかと思わず小さく息を吐き……そして気付く。


「……おい、なんか焦げ臭くねえか?」
「へ? わあ!? ちょちょ、山岸さん、焦げてる焦げてる!」
「え? だって、焦げ目がつくまでって……」
「炭にしちゃダメーっ!」


ばたばたばた。
忙しなく処理に追われだしたイルの姿に、大変だなと改めて思う。同時に、自分が話しかけてしまったせいかと申し訳なくも思った辺り、荒垣もなかなかに人が好いと思われた。

慌てて謝る山岸に、だいじょうぶだと笑うイルに感心し、とりあえずこの場はその言葉通り大丈夫そうだと判断する。そういった失敗を最終的には何とかしているのだろう、食卓に並んでいた料理の数々を思い返し改めて小さく感嘆もした。

とりあえずこれ以上邪魔をする気はないので、大人しくこの場を立ち去ることにした荒垣は、しかし身を翻し背にした台所から皿の割れる音が響いてきたことで足を止めさせられてしまう。……一度何か起きると連鎖反応が起きてしまうということだろうか。

立ち去ろうとしていた足を止められ、更に後ろから聞こえてくる山岸の慌てたような声音を耳に、溜息を一つ。仕方がない、と、荒垣の足は台所の方へと向けられるのだった。








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