捕縛



軽く息を吐いた梓董は、ふと足元で同じように二人を静観していたコロマルに気付き、お疲れ、と声をかけた。嬉しそうに一声吠えるコロマルの姿は、どうでもいいを地でいく梓董にも癒しに思える。目を細めて頭を軽く撫でてやれば、もふもふとした手触りが心地良い。


「あ、あの、団欒中のところ申し訳ないんですが、順平くんの反応、見つかりました。えっと、寮に帰っているみたいなんですけど……」


申し訳なさそうな声音で通信を入れてきたのはもちろん山岸。そんなに気遣わなくてもいいのにと思いながら聞く彼女の言葉の続きは、伊織の気配を見つけたはいいが、様子がおかしいといったもの。

とにかく寮に戻るよう告げて切れた通信には悪いが……正直、本気で伊織の存在を忘れていた梓董だった。







多分きっと、一言で言うなら実に伊織らしい、といったところか。

寮の屋上にいた伊織は、どうやら先の満月で出会ったストレガの仲間らしい少女に捕らわれていた。救出後に聞いた話によれば、どうやら伊織が張った見栄により、彼をS.E.E.Sのリーダーだと誤解したことからこの出来事に至ったらしい。伊織もペルソナ使いなのだから、そう簡単に捕まるはずなどないはずだろうにというその疑念は、元より二人が知り合いだったこと……しかも、伊織側からは好意的な意志も含まれていたようだという様子から納得を得る。

やはり伊織らしい、だ。

とにかく、そのストレガの少女……伊織曰わくチドリという名らしい彼女は、召喚器を取り上げられたことで情緒不安定に陥り、とてもではないが話を聞ける状態ではなくなってしまった。そのためしばらく様子を見て、後日また改めてストレガについて等情報を聞き出すことにすると、とりあえず桐条と真田が彼女を病院まで連れて行くことに決まる。

大型シャドウ戦後ということもあり、ストレガの少女のことは先輩達に任せ、今夜はこれで解散となった。……のだが。


「……死ぬのは怖くない、か」


解散を告げられた後、ぽつり、小さく呟かれたそれを聞き取ることができたのは多分、傍にいた梓董だけだっただろう。部屋に戻ろうとしていた意志を抑え振り向いた先では、呟きの張本人であるイルが、ただ静かに俯いていた。


「……イル?」
「え? あ、えと、何?」
「何って、今……」
「あ、あー、うん。……何でもない」


何でもないんだ、と、もう一度繰り返し笑う彼女の笑顔は、どことなく力のないものに思える。乾いた声音であはは、と笑った彼女は、一拍後再び視線を落とした。


「……生きてるのに、生きられているのに……そんなの、傲慢だよ」


きゅっと唇を引き結んだ彼女の想いは、一体どこにあるというのか。それはチドリを責めるというよりも、どこか苦しく、そして切ない響きを宿した言葉のように感じた。

……まるで、誰かの死を、生を、想うかのように。


「あ、ごめんね、湿っぽくしちゃって。そろそろあたし達も部屋戻ろう? 戒凪も疲れてるでしょ? 早く寝た方がいいよ」


おやすみ。
口早にそう告げた彼女は、それ以上言葉を重ねられないようにするためか、それとも重ねないためか、とにかく素早く歩を進め出す。……一体彼女は何を抱え、何を想っているのだろうか。

去り行く小さな白い背を、梓董はただただ静かに見送っていた。








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