少しだけ、



「それにしても、最近本当賑やかだよね」


夕食後の一息。琥珀色にたゆたう紅茶を淹れたティーカップを梓董に差しだし、カウンター越しにイルが紡ぐ。今日の夕飯の片付けはもう済んでいるが、食材の残りのチェックやら何やらをするつもりらしい。予定外にまた仲間が増えたことがその要因だろう。


「まあ、話題に事欠かなくはあると思うけど」


答えて一口紅茶を啜る。ふわりと香るアールグレイの香りが、仄かに優しく心地良い。

ここ最近、遡ればアイギスが参入した辺りくらいからか。立て続けにコロマル、天田とS.E.E.Sに仲間入りして賑やかさが一気に増したのだが、そこに新たにもう一人、以前梓董達を助けてくれたこともあり、元々はここの先輩でもあるらしい荒垣の参入も果たされた。それが予定外の人数の増員になるわけだが、もちろんその参入自体はとても喜ばしいもので。元より経験者でもある彼の参入は、元々その実力の程を知り得ている桐条や真田でなくとも頼りに思うもの。梓董達に限らず他の仲間達もとても歓迎したのだが、しかし。


「……天田くん、ちょっと心配だね」


そう、イルがちらりと視線を馳せる先、カウンター近くのテーブルで本を読む天田だけが、荒垣の参入に気乗りしない様子を見せたのだ。もしかしたら二人は元々知り合いだったのかもしれない。皆が知らない何かが二人の間にあったのではないだろうか。

そうは思うが、深く尋ねられるような空気でもなく。とりあえず、様子を見てみる他はなさそうだと梓董は思う。


「とりあえず様子を見るしかないだろ」
「そうだね。あたしも一応、気にはかけてみるつもりだけど」
「うん。……そう言えば、イル。ちょっと気になったんだけど」
「ん?」
「イルって、兄弟いたりする?」


振り向いた彼女の目が、一瞬だけ軽く見開かれたような、そんな気がした。







《09/02 少しだけ、》







振り向いたのは僅かな間だけのこと。イルはすぐに作業に戻ると、そのまま答えを紡ぎ出す。


「んー、いる、と言えばいるのかな。あたし、施設育ちだったし、そこで一緒に暮らしてた子達があたしにとって兄弟みたいなものだと思う」


本当の兄弟がいるかどうかはわからないけど。続ける彼女の様子に特段変わったものはなく。そこには悲しみも怒りも痛みもなく、ただただ事実を事実として伝えてきていた。

兄弟、みたいな人達は、います。……私、その、孤児、なので。

イルの紡ぐそれに、思い出す、あの少女の言葉。もしかしたら、もしかすると。そう考えれば似ていないのに似ている理由にも納得がいく。けれど。

二人共、知らないことなのかもしれない。

いや、その可能性は高いだろう。二人揃って兄弟がいるかを問われて血縁者より先に施設の者を思い浮かべるなんて、例え梓董の思う仮説が事実だとしても、当人達は知らないことであるかもしれないと考えた方が納得がいく。

しかし、だとしたら知りたいことなのかもしれないけれど、もしかしたら知りたくなどないかもしれないことになるわけで。

……以前の梓董ならばこんな風に悩むよりも先に「どうでもいい」で片付け、関わりさえしなかっただろうに、どうにも今は彼女の……イルのことは、気にかかってしまうらしい。何故か、というその問いにはそろそろ向き合うべきかもしれないが、今はとりあえず。傷付けたくなどないのだから、不用意な行動を慎むくらいの配慮だけしておくことにした。


「……そう。まあ、兄弟、なら、ここでも割と事欠かなそうだよね」
「ああ、うん、そうかも。美鶴先輩は優しくていいお姉ちゃん、って感じだし、荒垣先輩だって頼りになる兄貴分って感じだもんね。もちろん天田くんは可愛い弟って感じだし……あー……何でだろ、真田先輩はお兄ちゃんって感じ、しないんだよね」


こてりと不思議そうに首を傾げるイルだが、梓董にしてみればおそらく、精神レベルが同じくらいだからではないかと思える。いや、あえて口にはしないが。


「突然変なこと訊いてごめん。気にしなくていいから。……それより、そろそろ満月だし、天田と荒垣先輩との連携を確認するために明日軽くタルタロスに行ってこようと思う。予定しておいて」
「あ、うん。了解」


少し冷めた紅茶を飲みきり、ごちそうさまと呟けば、イルは笑顔でどういたしましてと柔らかく返した。カップは洗っておくからと申し出てくれたその言葉に甘え、梓董は先に部屋に戻る旨を彼女に伝え階段へと向かう。その歩を進めながら、一人、自ら打ち切ったあの話を思い返した。

そうだ。本人達に確認する前に、話を持ちかけられる相手がいたのだ。

……まあ、彼自身も今は忙しそうだし、しばらく様子を見ることになるだろうが、それでも。きっと、貴重な意見が聞けるはず、と。そう思った。








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