二学期早々騒々しく
無条件に注がれる心配や、何でもないような優しさが、これほど心地良いものだなんて知らなかった。上辺だけの言葉の羅列が跋扈する世の中で、他人なんて二の次で当然な世の中で、こんな温もりがあるなんて思いもしなかったのだ。
どうでもいい。それは周囲に興味のない証の言葉。雑音に埋もれて目を閉じた灰色の世界に引かれた境界線。それを除いて色を落としてくれたのは、他ならないひとの温もりだったから。
多分、だけれど。その温もりはきっと、誰かを……早瀬を、救ってくれる色にもなる。そう、思えた。
「……梓董さん……」
ようやく上げられた入峰の顔。揺れる黒瞳が、それでもまっすぐに梓董を捉えた。
「傍に、いるだけで……私は……護くんの力に、なれるんでしょうか……?」
震えたままの声。変わらず呟くように小さく紡がれたその声は、背を押して欲しいと縋っているようにも思える。
「なれるかどうかは入峰さん次第だと思うけど、手を伸ばした時に誰かがいてくれてその手を取ってくれたなら、きっと凄く嬉しいんじゃないかな」
傍にいなければ伸ばされた手にすら気付けない。温もりとて、伝えられない。
だからきっと、傍にいることがはじまりなのだ。
「そう、ですね。私、自分にできること、探してみます。護くんが手を伸ばしてくれた時に、見逃さないように」
告げる彼女の声はもう震えてはおらず。まっすぐに前を見据える黒い瞳は梓董を捉えていないけれど、確かな……決意を宿していた。
強い、眼差し。その光はやはり彼女と似ていて……。
眩しそうに僅か目を細める梓董の目の前で、入峰はすっと立ち上がると梓董へと向き直り勢いよく頭を下げた。
「あの……すみませんでした。こんなこと話せるの、まも……えと、早瀬とも仲のいい梓董さんしか思い浮かばなくて……。梓董さん、優しいから……私、つい頼ってしまって……」
早瀬のことをいつものように呼べるようになったということは、それだけ冷静さを取り戻せたということか。梓董が優しいかどうかは自身には判断付かないが、とにかく、入峰がそれで満足できたならまあいいかとも思う。
「別に気にしてない」
会って突然泣き出された時にはさすがに困ったが、相談を受けることくらいなら苦にはならない。そんな意味での言葉を受けて、入峰はゆっくりと顔を上げると、どこか安心した様子で微笑を浮かべた。
「……ありがとうございます。本当に……私、何て言ったらいいのか……」
「俺はいいから早瀬のところに行った方がいいと思うけど」
「あ、そ、そうですね! 私、行ってみます! 本当は私が行っていいものか悩んでいたんですけど、でも……今なら、迷わず行けるから」
本当にありがとうございます。
再度礼を紡ぐ彼女は、律儀にもう一度深く頭を下げ、くるりと踵を返した。が、そのすぐ後に慌てた様子で振り向き直すと、何かを思い出したように言葉を紡ぎ出す。
「あ、この間のお礼、また次の機会にさせていただきます! 今日のことも含めて、ちゃんとしっかりお礼させてもらうので、あの、その……また、今度」
ああ、何だ、そのことか。やはり律儀というか真面目というか……そんなにきっちりしなくとも、梓董自身大したことをした覚えもなくあまり気にしてもいないのだが。
「うん、また」
まあいいか。
それで彼女の気が済むのなら、別に頑なに拒否をする必要も特にない。そんなわけでそう返せば、入峰は嬉しそうに笑みを浮かべて強く頷き、そして今度こそ身を翻して駆け去っていった。
なかなかに縁があるようだとどこか遠く思いながら、何となく。何となく、だが。
白いあの少女に会いたいような気がして、梓董も帰路へとつくのだった。
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