二学期早々騒々しく



今日から始まった新学期。まさかのアイギスが編入してくるという珍事件が発生したが、それ以外は概ね変わりなく一日が過ぎた。まあ周囲の休みボケはなかなかのものだったが。

とにかく、大抵のことには動じない梓董故にそのどれもに大して何の感慨も抱くことはなく……これでアイギスとイルの関係が良くないままだったなら何かしら思うところはあっただろうが、当の二人もイルが少し驚いていたくらいでさして気にしてはいないようだったし、梓董がどうこう言うことは何もなかった。そんなわけで一学期と大して変わりない始まりを迎えた二学期初日を無事終了し、帰路につこうとした梓董。その彼を校門で待ち受けていたのは、見覚えのある他校の制服を身に纏った少女だった。







《09/01 二学期早々騒々しく》







「……入峰さん?」


認めた姿に声をかければ、小柄なその少女の肩は大きく跳ね、次いで勢いよく振り向いた彼女は、目に涙を溜めて梓董を見上げる。


「梓董さん……っ! 護くんが……っ、護くんのお母さんが……っ」


どうしよう、どうしよう、と呟く彼女からは焦りと戸惑いは充分伝わってくるが、肝心の伝えたい内容が伝わってこない。梓董に出会えたことで何かの糸が切れたのか、ぽろぽろと涙を零して訴えてくる様は、何も知らずに通りかかった者にすれば梓董が泣かせたように見えてしまうだろう。

他人の視線など気にはならないが、その後に面倒が発生するならその事態はできれば避けたい。特に伊織辺りに見つかりでもしたら、まず間違いなく鬱陶しい事態は避けられないだろう。


「……とりあえず、場所変えようか」


宥めるように告げ促せば、彼女は全く逆らうこともなく連れられるままに足を進めてくれた。まあ、その場で駄々をこねるような子ではないだろうから、助かるといえば助かるか。

……いや、唐突なこの出来事に巻き込まれた被害者は梓董の方なのだから、これほど気を遣うということ自体既におかしい気もするが。

とにかく、場所を変え人もまばらな長鳴神社に移動する最中、入峰が何とか語ったその内容は、やはりというべきか早瀬のこと。いや、正確には早瀬の母のこと、が正しいのだが、どうやら早瀬の母が過労で倒れ、入院したらしい。


「……今、護くんが病院に行っているんですけど……」


長鳴神社の片隅に設えられたベンチに座り、道中落ち着いてもらおうと梓董が買って渡したミルクティーの缶を両手で握りしめ、入峰は俯きがちにぽつぽつと声をもらす。普段梓董の前では早瀬と呼ぶよう心がけている様子の彼女が、今は普段呼び慣れているのだろう、彼を名前で呼ぶその姿に、未だ混乱が続いているのだと思われた。


「護くんのお父さん、護くんが小さい頃に亡くなってて……お母さん、女手一つでずっと護くん達兄弟を育ててくれてるんです。護くん、ずっとそのこと気にしてて……大学だってお母さんに迷惑かけないようにって……。……今回のこと、俺のせいだって……護くん、ずっとずっと自分のこと責めてて……。私、わたし……」


どうしよう、どうしたら。呟くそれは梓董に話しかけているというよりも、独り言を紡いでいるかのようで。封を開けられていないミルクティーの入った缶を握る手が、小さく小さく震えていた。

早瀬のことを兄と慕う彼女には、きっとそれは他人事などではないのだろう。もしかしたらその母にも良くしてもらっているのかもしれない。彼女は早瀬のように自分を責めるわけではないようだが、それでも自分にできることを模索しているようで、おそらくきっと何かをしたいと思っているのだろう。私、の後に続くはずの言葉はきっと、何ができるのだろう、だと思えた。


「……俺はそういうの、よくわからないけど」


返せる言葉が見付からない。いいアドバイスなんて、何も思い付きはしないのだ。

だって梓董は……。


「……早瀬の、傍にいてやればいいんじゃないかと思う。手を伸ばされたら、その手を取ってやればいいんじゃないかな。……多分、ね」


親の記憶なんて曖昧だし、その後辿ってきた過去は不遇ではなかったけど、恵まれてだっていなかった。親の温もりなんてわからないし、そういった状況の時に何をして欲しいかも、何をしたらいいのかもわからない。

だけど。

多分、少し前の梓董だったらそれに特段何の感慨すらも抱かなかっただろうけど。……今なら。

今なら、少しわかるような気がするのだ。

それは、親の温もりや何をしたらいいか、などではなくて。



……今の自分が、願うもの。




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