夏休み、最後のシメは……



「あーまーだーくん! ね、今日時間あったら一緒に映画祭、行かない?」


にっこり。楽しそうに、優しく笑みを浮かべたイルに提案され、天田は半ば圧されるようにして頷くのだった。







《08/31 夏休み、最後のシメは……》







「……! あのポスターの怪獣、エイトの……。あっ。べっ、別に……すごい楽しみってわけじゃ……。ヒ、ヒマだっただけで……」


天田が正式にS.E.E.Sのメンバー入りを果たして数日。しばらく何やら塞ぎ込んでいた彼も、ようやく少しずつ以前の調子を取り戻してきたようだ。何を悩んでいたのかはわからないが、共に戦うことに決まり何かに区切りが付いたのかもしれない。

ともかく。そんな折に梓董の元にイルがもたらした情報が、今日のこの映画祭のテーマについて、だった。

特撮ヒーロー大集合。本人は隠したがっているようなので、あえて触れることもしてこなかったが、いかにも天田が好みそうなその内容。イルはそれを昨日映画祭に参加したした際に知ったのだと言っていたが、それに天田を誘うにも自分だけでは遠慮されてしまうかもしれないからと、梓董が仲介を頼まれたのだ。

多分、というよりもまず間違いなく、日曜の朝に一緒にフェザーマンを観ていることに要因しているのだろう。

とりあえず予定も特になかったため引き受ければ、天田も案外あっさりと誘いに乗ってくれ、結果こうして今三人で映画館まで足を運ぶことになっていた。テーマがテーマなだけあり、今日はヒーローもののポスター等が貼られている映画館前で、隠すに隠しきれていない天田の目の輝きようを前に、イルが満足そうに笑っていたのを梓董は見逃さない。彼女は彼女なりに天田のことを気にかけているのだろう。寮生達にしてみれば、仲間が増えたと同時に可愛い弟ができたような感覚なのかもしれない。他人事のようにそんな風に思いながら、本音と建て前の間に揺れる背伸びをしたい年頃の少年を連れ、映画館内へと踏み入った。

そうして歴代ヒーロー達の変身シーンをこれでもかと観ること数時間。途中つい意識が飛んでしまった部分もあったが、それでも映画には変わらず終わりが訪れ。三人で映画館を後にした直後、思わずといった様子で天田が声を上げる。


「すっ……」


……す?
ただ一言。それどころか、ただの一文字だけを大きく口にして、そのまま黙り込んでしまった天田へと梓董とイルの視線が集う。す、で始まる言葉など数多あれど、そこから続く言葉を探すには数多あるからこそ難しい。

とりあえずしばし待ってみれば、その続きは予想よりも早く紡ぎ出された。


「…………。すごかったですね!! エイト! エイトが捕まっちゃうところ! 地下迷宮に閉じ込められたエイトがモールス信号で救援呼んで! 縛られて動けないところに間一髪でビームが出て、敵が……あっ。…………」


ノンブレスで力強く。よくそれだけ言葉が続くものだと梓董が変に感心する中、興奮そのままに言い切った天田はふと我に返ると、バツが悪そうに小さく俯いた。

この期に及んでまだ背伸びがしたいのだろうか。好きなものを好きと認めるくらい、何も恥じることなどあるまいに。日曜日の朝からラウンジで堂々フェザーマンを鑑賞している梓董からすればそう思えることだが、やはり天田にはそうではないのだろう。大人びていたい心と本音の狭間で迷うようにそわそわしている。

そんな彼にかける気の利いた言葉を梓董が見付けるより早く、イルの方が口を開いてくれた。


「面白かったね、とても」
「! お、大人でも、面白いと思うんですか?」


当たり障りのないような短い一言。けれどそれで天田には充分だったようで、彼は伏せていた顔をぱっと上げ、その瞳に期待を宿してイルを見上げる。


「うーん。あたしは大人って言えないとは思うけど、でも面白かったよ、本当」
「そ、そうですよね! 見るべきところはあったと僕も思います。……つ、作り物だけど」


……何だろう。これは背伸びすることが可愛らしいなどとそういう話ではなく……。


「……面白いものを面白いと言えないことが大人なら、そんなつまらないものになんかならなくていいと思うよ、俺は」


そう。そうなのだ。
自分の気持ちに嘘を吐くことが大人であるということならば、そんなものになんか好んでなる必要などどこにもない。社会に適応するために自分を嘘で塗り固める日がいつか来るというのなら、それまではひたすらにまっすぐでいればいいではないか。大人と子供の境界など曖昧なれど、いずれ大人になるその時が来るまでは子供でいることもまた尊いのだ。

まあ梓董自身、取り立てて子供好きというわけでもないので、あまりにも度が過ぎるといい感情は抱かないが。

脱線。とにかく、何が言いたいのかというと、無理に全てで背伸びをしなくとも、自分の想いに素直でいることくらい許してもいいのではないかということ。

そんな梓董の言葉を受け、天田は再度俯き、何かを悩むかのようにしばし黙した後、ぽつり、小さく呟いた。


「…………。……すごく面白かった。ありがとうございました」


最後は顔を上げて。しっかりと梓董とイルを見上げて大きく笑う。

彼が梓董の言葉をどう受け取ったかまではわからないが、それでも。


「うん」


応えるように軽く頭に乗せた手を、天田が振りほどくことはなく。……梓董が浮かべた柔らかな微笑に、イルもまた同じような微笑を浮かべ二人を眺めていたことに、梓董も天田も気付きはしなかったけれど。

以前ならここに自分の姿はなかっただろうと思いながら、それでもこの空気を心地良く思う自分はやはりきっと変わってきているのだろうと、天田のヒーロー談義を聞きながら梓董は一人、小さく思った。








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