明日のみえぬ僕たち



今宵の月も青白く。煌々と照る様はまるで自ら輝きを放っているかと錯覚させるほど。

そんな月夜の晩、月に照らされ浮かび上がる光景が赤黒く深緑に染まりあがり、異常なものへと変ずる影時間に、今夜もまたファルロスは彼女の元へと訪れていた。


「こんばんは、イル。あと一週間で次の満月だけど、調子はどう?」


いつものように並んで腰掛けるわけではなく。ファルロスがこの寮の屋上まで降り立った時には既に、彼女は屋上の縁に立ち僅か欠けた月を見上げていた。

その白い背に微笑と共に声をかければ、くるり、振り向く彼女のスカートの裾が揺らめく。


「ぼちぼち、かな。なんて。調子がどうであったって、あたしは戒凪を守るだけだよ」


迷いなく、惑いなく。紡ぐ言葉に沿う微笑は心強い。ファルロスはそんな彼女に、小さくそっか、と呟いた。


「相変わらずだね、イル。……彼が少し羨ましいくらいだ。まあともかく、試練も残り少なくなってきたし、だからこそ今まで以上に気を付けてね」
「……ねえ」


いつもの応酬。それを交わし、少しばかりの雑談をするそのスタイルがすっかり定着していたらしく、今夜もまたそれにもれないことだろうと無意識にそう思っていたのに。ファルロスの言葉に彼を見つめるイルのアオが、真剣味を、増した。


「今更、だと思う。でもたぶん、これ以上身を任せたらダメなんだ。あたしにはできないことだけれど、でも……知りたい。試練って、何のためにあるの?」


身を任せる先も、できないことも。核心に触れることは告げないイルに、けれどそれをファルロスが問うことはない。

ただそれは、イコール、ファルロスは彼女の言葉に含まれる意味を理解しているからというわけではなく。それどころか、ファルロスが彼女について特別わかっていることは、似ている、という、その一点のみ。問わないのは、別に問う必要はないから、ただそれだけの理由からだった。


「それが何か、詳しくは僕にもわからない。でも……やがてくる、終わりに関係してることなんだと思う」
「終わり……。ねえ、それは……変わることは、ないの?」


やがてくる終わりは既に確定している。それを覆すことは……。

ファルロスは哀切さを含んだアオを、苦しいほどの想いを込めたアオを、それでもまっすぐ見つめて頷いた。


「十年前から決まっていたことなんだ。終わりは、来るよ」
「十年……」


ファルロスの言葉に、視線を逸らしたのはイルの方。十年という年月の壁を前に、彼女は何を想うのか。

いや、違う。……彼女は、終わりが何かを知っているというのか。


「イルは、終わりが何かを知っているんだ?」
「……知っていても、あたしは……」


試練、が何かわかれば、あるいは。そんな想いだったのかもしれない。彼女はきっと答えを知っているだけで、過程を知らないのだろうから。

あたしにはできない。

ふと蘇る、先程イルが口にしたその言葉。それが何を示すかはやはりファルロスにはわからないことだが、けれどそれでも。それでも、もしかしたら。

終わり、に、関係することなのではないだろうか。

そんな漠然とした感覚で思ったそれに、けれどファルロスが正否を求める暇はなく。イルは中途半端に言葉を区切ったまま首を振った。


「……何があってもあたしは戒凪の傍にいる。彼を守ることが……あたしの選んだ、あたしの存在意義だから」


それだけは決して揺るがないから。

告げるイルの想いの強さに……覚悟の、揺るぎなさに。ファルロスはただただ緩やかに目を細めた。


「そっか。うん、イルがそうするなら僕はいつでも応援してるよ。頑張って」
「ありがとう」


ふわり。笑った彼女はいつもの彼女で。何となくそれに胸が暖かくなるような、そんな感覚を覚える。

友達、って、こういうものなのかな。

そんな風に思いながら、イルへと返す同じ笑み。


「また、会いに来るよ」
「うん、また」


今はまだ……おやすみなさい。








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