明日のみえぬ僕たち



まだまだ続く、映画祭。特段映画が好きだというわけでもないが、外に出たついでだし、興味を引くような内容なら観てみるか。そんな軽い気持ちで映画館まで足を運んだ梓董は、そうしてふと気が付いた。

興味を引く内容も何も、そういった関心など今まで抱いたこともなかったことに。

つまるところ、面白そうだと判断するその基準自体ができていないわけで。誘われて二、三回ほど参加はしてみたが、個人で観たいほど映画に興味がもてたわけでもなかった。

それならあえて映画祭で一日を潰さずとも、いつものように校外コミュに時間を費やすべきか。そう考えた梓董が身を翻そうと決めたのは、映画館のすぐ傍まで来てからだった。










《08/29 明日のみえぬ僕たち》







「す、すみません……。付き合っていただいて……」


今日の映画祭のテーマはザ・リアルSF。現実的に有り得そうなサイエンスフィクション、だとのこと。その謳い文句に違わず、映画の中に登場する舞台設定はどれも、今よりも荒唐無稽ではない程度に技術が進んでいた。

と、それはともかく。映画館から出てきて早々、申し訳なさそうに梓董を見上げてきたのは黒い眼差し。小柄で気弱そうなこの少女は、部活関連で知り合った他校の生徒、入峰琉乃だった。

偶然。……ことこの夏休みでの遭遇率からすれば、あまり偶然だとも思えないが、示し合わせたわけではないのでとりあえず偶然、映画館の前で何やら困り果てた様子で立ち尽くしていた彼女を見かけたのは数時間前。聞けば、友人に誘われ映画祭に来たらしいのだが、その友人が突然来れなくなったとの連絡があったらしい。その連絡がきた時には既に映画館まで来てしまっていた入峰は、せっかくだから映画を観ていこうか悩んでいたとのこと。観てはいきたいが、一人で観る勇気がなかったのだと告げた彼女の気持ちは、勇気のレベルが漢である梓董にはわかりかねたが、それでもここまで来たついでなのは梓董にしても同じなのだから、じゃあ付き合うという言葉が出たことはさほど不思議ではない、はず。……これが伊織相手だったなら、ふーん、の一言で済ませただろうが。

とにかくそんな経緯で映画祭に参加した梓董は、付き合わせてしまったことに申し訳なさそうに俯く入峰へと気にするな、と紡いだ。


「俺も観ようかと思って来てたわけだし、入峰さんが気負う必要はない。……それより、SF、好きなの?」
「え? あ、いえ。たまたま今日が友達にとって都合のいい日だったみたいなだけで、私の好みというわけじゃ……」


その都合のいい日も、当日キャンセルを喰ってしまったわけだが。それを入峰が不服に呟くことはなく、彼女はそこから、でも、と続けた。


「私、魔法とか、もしもの話とか、そういうお話、好きです。もしかしたらこんな未来が待っているかも、とか、そういうことを考えるの、楽しくて」


みえないからこそ種々に馳せる思いは、願望でもあり希望でもある。そこに巡る思いの先に広がる未来は不確かで、けれど愛おしい。……そんな話を以前イルが口にしていたと、あの時共に見た暗闇に広がる海の情景と共に思い出した。


「あ、えと、あの、梓董さん。もし良ければ、今度何かお礼をさせてもらいたいんですが……」
「……礼?」


何に対する?
突然思い出したように話を切り替え切り出した入峰の言葉に、梓董は何の話かと小首を傾げた。そんな彼に入峰は小さく頷き、僅か躊躇いがちにながらも言葉を続ける。


「今日、付き合っていただいたお礼です。その、今日だけじゃなくて……初めて出会った時のことも、早瀬のこともありますし」
「……ああ、別に気にしなくていいのに」
「いえ、そんな……っ! 私がさせていただきたいんです。私にできることなら何でもしますので……」


と、言われても。真剣な眼差しで見上げてくる彼女に、どうしたものかと内心で息を吐く。正直なところ、彼女を思っての行動はさほど多くはない。むしろ最初に職員室の場所を教えたことくらいだろうとさえ思う。

早瀬のことは梓董自身のコミュの問題でもあるし、今日のことだって元より映画を観ようかと思っていたのだから入峰が気負う必要はどこにもないのだ。それなのに礼をだなどと言われても、そんなに気を遣わなくていいのにとしか言いようがない。

けれど、見上げてくる入峰の眼差しはまっすぐで。揺るぎなく、引きそうにないその光を前に、彼女を説得させる方が面倒そうだとそう感じた。


「……じゃあ、また今度会う時までに考えておく」
「! こ、今度、ですか……」
「うん」


梓董の言葉に驚いた様子で目を見開く入峰に、今度ではなく今日でなければ駄目だったのだろうかと不思議に思うが、そんな心配などよそに、彼女はすぐに小さく笑みを浮かべてみせる。どこか嬉しそうな、はにかむような、そんな笑みを。


「……はいっ! じゃあ、また、今度」
「うん」


さりげなく。意図したわけでは決してなく、本人ですら気付かぬ内に。

今度、を、確定して、今日は別れることになった。







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