そして今日も。



暑い。暑い、暑い、とにかく暑い。

夏なのだから仕方ないというか、自然現象にケチをつけたところでどうとなるものでもないことはわかっている。わかってはいるが、それでも暑いものは暑いのだ。


「くっ……トレーニングメニューの組み換えをするつもりだったが、連日こう暑いとその気力すら奪われるな」
「え、今日雨ッスか?」
「どういう意味だ、それは」


ぽつり。呟いた言葉を拾った伊織に心底意外そうに目を丸くされたため、心外だと真田は眉を顰めた。たまにはそういう日もあるのだと抗議する気力すら失わせる連日の気温の高さに息を吐けば、気分を害してしまったと思ったのか伊織は取り繕うように笑みを浮かべる。


「冗談ッスよ、ジョーダン! でもまあたまには息抜きもいいんじゃないッスか。ほら、今なら丁度映画祭やってますし」
「……映画祭、か……」
「あ、オレッチこれから用あるんで、一緒には行けないんですけどね」
「…………」


別に誘うつもりがあったわけでは更々ないが、何故だろう、先んじてそう言われると苛っとするのは。まあ、何が悲しくて伊織と二人で映画を観ねばならないのかとは思うので、あえてつっこみもせず、小さく息を吐くに留めたのだが。

とりあえず、たまには映画祭に参加するという意見は悪くはない。そう思い、どうせなら暇を持て余していそうな誰かを誘ってみるかと、そんなことを考える真田の足元で、コロマルが僅かに首を傾げていた。








《08/25 そして今日も。》







暇な人を誘って、というそれだけのことが存外難しいことなのだと、真田は今日初めて知った。というよりも、いつもいつも暇そうにしている伊織とは違い、皆それぞれ自分の時間を有意義に使っているということなのだろう。視点を変えて改めて注意を向ければ、寮生各々が皆、何とはなしに予定を入れ行動しているのだと知れた。勉強に励むも友人と遊ぶも種々ではあるが、とにかく、伊織に用があるとなると他に手の空いている者などいないことになるらしい。

……一人を除いて。


「イルは勉強したり友人と遊んだりしないのか?」


映画館までの道中、寮生の中でただ一人時間が空いていた人物、イルを傍らに真田が問う。寮生達が各々自分の用事を抱えている様を眺め、一人で映画を観るくらいなら別のことをしようかと考えていた矢先にラウンジへと降りてきたのが彼女で。暇なのかと軽く問えば、その答えは予定はないとのことだったため、それならと誘ってみた結果が今この状況。幸いなのか、共に映画祭に参加する相手を見つけられたわけだ。

……何だかよくタイミングが合うな、と、以前一緒に小豆あらいに行った時のことを思い出し、そう思う。


「勉強はともかく、毎日毎日予定があるわけじゃないですよ」


まあ、それは確かにそうだろうが。

事前に約束を取り付けていたわけでもないため、真田としても悪かっただろうか、とも思うわけで。いや、イルなら嫌だと思えばその場で断りそうな気もするが。


「で、今日のテーマって何ですか?」
「いや、実は俺も知らないんだ。暇なら行ってみるといいと伊織に言われただけで、俺としても元々予定していたわけじゃなくてな」
「そうなんですか。うーん、面白いのやってるといいですね」


真田としてはどうせ観るならコテコテの恋愛ものよりも、アクションものの方がありがたいのだが、今時の女の子としてみればやはり恋愛ものの方がいいのだろうかとも思ってしまう。……いやしかし、恋人でもない異性と恋愛ものの映画を観るというのはどうなのか。別に疚しいことがあるわけではないが、それにしてもこう、何というか……気まずい、ような、気がする。いや、イルにどうこうといった感情を抱いているわけではないが……まあそれは確かに他の女子に比べれば話しやすいし気も張らなくてすむことは否めないけれど、いやいや、それはまた別の話であって……。


「真田先輩? ちょ、おーい! 通り過ぎてますって、映画館!」
「なっ!」


一人悶々と思考に耽っている間にも、いつの間にやら映画館まで来ていたらしい。僅かばかり驚いた様子の声音でイルが呼びかけてきて、ようやくその事実に気付くことができた。同時に、少しの羞恥を抱きながらもすぐに彼女の傍まで踵を返し戻りゆく。そんな真田を仰ぎ見るアオは、不思議そうにも不審そうにも見える色を宿していた。


「……だいじょうぶですか?」
「も、問題ないに決まっている! 憐れむような目で見るな!」
「いやまあ、だいじょうぶならいいんですけど。っと、真田先輩、今日のテーマ、あれみたいですよ」


顔に熱が集まってゆくのを自覚しながらも抑えきれずにいると、イルが映画館前に置かれた今日のテーマが記された告知の書かれたボードを見つけ指さす。深くつっこんだりしないのは彼女の美点か。とりあえず真田も示されるままそちらへと目を向け、そこに記された字を読んでゆく。


「秘拳・格闘奥義大全……」
「…………」


確かに。確かに、コテコテの恋愛ものは勘弁だと願った。願ったが、女の子を連れてきた先がさすがにこれはどうなのか。テーマからして暑苦しいにも程がある。

と、そこまで強くは思わずとも、さすがの真田も少しばかりイルの様子を気にするが、当の本人は気にしているのかいないのか、ぽつりと小さく呟いた。


「真田先輩、共感しすぎて帰り道でテンションおかしくなるのはやめてくださいね」
「誰がなるか!」


お前の中での俺は一体どういう存在なのだ、と。強くつっこむ真田は、やはりこの少女相手に変に気負う必要はどこにもないことを、改めて思い知るのだった。








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