二度あることは
夏休みもそろそろ終盤にさしかかる頃合い。そんな今日、ぼんやりと予定を組み立てようとしていた梓董の携帯を鳴らしたのは、あの白い少女からの着信だった。
《08/23 二度あることは》
デートの誘い、なんて。そんな甘ったるいものを彼女が自らするとは思えなかったけれど。電話口に今日の予定を尋ねてきて、それから誘いを口にした彼女は、甘い空気どころではなくどこか切迫しているようにすら思え。その口調は誘うというよりも、来て欲しいと懇願しているようにも感じられた。
誘われた先は、今絶賛開催中の映画祭。誘うに勇気がいる類でもないはずのそこに、何故彼女がそんなにも気負っていたのか。それは合流した時点で即座に判明するものだった。
「ごめんね、戒凪。急に呼び出したりして」
「いや、別に構わないけど…………エリザベスが一緒だったんだ」
「はい。昨夜彼女から映画祭なるものについて教えていただき、興味を引かれたため今日この日程を組んでいただいた次第でございます」
エレベーターの住人、エリザベスからの説明を受け、それからちらりと視線を向けた先でイルがとても申し訳なさそうに梓董を見つめているものだから、今朝の電話についても納得する。日頃エリザベスからもたらされる依頼の内、共に出かけるといった内容のものも幾度か請け負った梓董には、イルがどうして梓董を頼ったのかも、どうして今それほど申し訳なさそうにしているのかも、すぐに察しがつくものだった。
手に負えない。ただその一言に尽きるのだろう。
梓董はさして何も思わないが、多分、普通ならば、エリザベスの度が過ぎる天然具合には手を焼いてしまうのだと思われた。賽銭箱に一万円、のレベルすら彼女の前では可愛らしい。
「で、今日のテーマは?」
「悲恋特集」
「…………」
何故あえてそのチョイスなのか。恋愛を飛び越し悲恋にしてしまったその趣味は、イルかエリザベスのものなのだろうか。
いや、多分偶然だろう。エリザベスは昨日映画祭についてを聞いたと言っていた。善は急げとばかりに、聞いたからにはすぐに行動に移したかったのだと思われる。その結果が今日であり、偶々催されていた内容が悲恋であったに相違ないはず。
……まあ、どちらかの好みであってもそれはそれで構わないのだが。
「あたしとしては、もう映画はお腹いっぱいなんだけどね」
「……イル、映画祭参加してたのか?」
「うん。結子と理緒と。もう二回も参加した」
「映画、好きだったんだ?」
「んー。ていうわけじゃないんだけどね。誘ってもらったから。でも楽しかったよ」
だから、さ。梓董と言葉を交わしつつ、イルの視線が向く先にいたのはエリザベス。物珍しそうに映画館の建物を仰ぐその姿を目に、イルの目が柔らかく細められた。
「エリザベスって、あそこからなかなか出られないでしょ? まあ、たまにはあたしや……戒凪も依頼受けてるって聞いたし、一緒に外に出かけることもあるけど、でもやっぱり連れてきてあげられる時くらい連れてきてあげたいなって思うから」
と言っても、あのよく言えば個性的な行動をフォローするのが大変であることに変わりはなく。だからこそ今日は梓董に声をかけてしまったのだとイルは言う。締め括りはやはり、ごめんね、だった。
「謝らなくてもいいよ。今日は別に俺も予定なかったし。映画も嫌いじゃないから」
「……嫌いじゃないって言うか、興味がないんじゃ……」
「あたり」
よくわかったね、なんて、言うまでもないのかもしれない。梓董の性格を考えれば導き出す答えはさほど難解なものではないはずだから。
イルはそれに呆れた様子もなくただ小さく笑うと、未だ周囲への興味が尽きないらしいエリザベスに声をかけた。
「じゃ、チケット買いに行こうか。あ、そうだ。エリザベス、戒凪、何か食べる?」
「食べる……。昨夜あなたが話していたキャラメルポップコーン等のことでしょうか。では、全てを制覇することに致します」
「ちょ、全部って……」
「手伝う」
「まあ……ありがとうございます。共に食せば美味しさ百倍でございますね」
「戒凪……」
エリザベスはもちろん、彼女の言葉に同調する梓董のお財布事情こそ心配ないものだろうが。本当に、それほどの量が一体どこに入っているのかと、イルの細められた視線が向けられる。もちろん、答えは胃でしかない。
「てか結局、エリザベスを一緒に止めてくれるんじゃなくて同調しちゃうんだ……」
「……誘わなければ良かった?」
「そんなことないよ。来てくれたこと、一緒に付き合ってくれること、すごく嬉しい」
ありがとう。
柔らかく微笑むイルの笑顔は優しく、ふわり、暖かな空気がそこに満ちた。その笑顔を前に、あまり興味もなかった映画祭だが、なかなか悪くはないなと思ったことは口にしない。
ついでに。結局、映画を観るのに邪魔になるからと懸命にイルが諭したため、映画館での全飲食物の制覇は見送ることになったのだった。
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